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十一話「玄雅って名前はこの人からもらった」
「お待たせしました!」
洗濯機を動かしてすぐに先生のいるローテーブルに座り込む。
先生は元気だね、なんて言いながらお茶を用意してくれてたらしい。湯気の立ってるマグカップが二つ。
「紅茶淹れておいたよ」
「ありがとうございます」
できれば冷たい飲み物が良かったな……なんて文句を言うほど頭すっからかんではない。ちょっと放置して冷ましておこう。
「新刊の主人公は実在の人物。琉球、今の沖縄県、宮古島の英雄、なかそねとぅゆみゃ」
「なか、そねとぅ……なんて言いました?」
「なかそねとゅうゆみゃ、なかは仲良しの仲、そは宗教の宗、ねは根っこの根、とぅゆは豊島区の豊、みは見るの見、やは親子の親。仲宗根豊見親」
先生の作品、八作品のうちせんたく以外の七作品は歴史もの。偉人が出てくるファンタジーも何作品かはあるけど、根本は歴史もの。
私が先生のファンだから歴史に詳しいとか、好きだろうとか思われてたらどうしよう。
「十五頃後半から十六世紀初頭に活躍したって言われてて、本名は玄雅って名前の人物」
「あれ……玄雅って先生と同じ名前ですよね?」
「そ、僕の玄雅って名前はこの人からもらったんだって」
十五世紀だの十六世紀だの、具体的にどのぐらい昔のことなのかよくわかんないけど、先生の名前の由来の人物ということだけはわかった。
玄雅って変わった名前だなって思ってたけど、昔の人の名前って知って納得。
「……あっ、また悪い癖出てた」
先生はそんなことを言うと、紅茶を一口飲んで深呼吸する。何ごと?
「僕、歴史のことになるとべらべらと早口で喋っちゃうんだよね。もっとわかりやすくゆっくり喋る」
大変ありがたい。教科書載ってるような歴史ですら疎いから、多分、歴史に詳しい先生の説明を聞いたところで全くわからんという舐め腐った感想しか出てこない気がする。
わかりやすくゆっくり喋ってもらっても、理解できるかどうか怪しいんだけどね。
「日本で言うと戦国時代から江戸時代初期ぐらいに生きてた人物で、琉球王国の王様、尚真王と繋がりがある人なんだけど、美本は琉球、沖縄の歴史は知ってる?」
「……すみません、一切わかりません」
「全然大丈夫、むしろそういう人の方が多いと思ってるから謝らないで」
先生はちょっと待ってて、と言うと仕事部屋からなにか持ってきた。大きめの……大きめっていうかかなり大きいスケッチブック。
「前に東に説明した時に作ったやつ、取っておいて良かった」
先生がスケッチブックの表紙をめくると、上のページには琉球王国とでかでかと書いてあって、下のページには年表らしきものが書いてある。
「琉球王国ってのは四百五十年の間の沖縄に存在した独立国の名前。その前は新石器と呼ばれる時代が長かったけど、集落がぽつぽつと現れ初めて、力を持つ人たちが出てくる。日本の弥生時代みたいな感じのイメージね」
新石器に弥生時代。歴史に疎い私でも、なんか聞いたことはあるし、なんかすごい昔なのもわかる。なんかとか、なんとなくだけど少しぐらいなら先生の言葉の意味はわかる。
「そんな力を持ってる人たちは琉球の中国や日本に近い立地を利用してたくさん交易をしてお金とか武器を集めてもっともっと力をつけ始めて、それでその中でも強い人たちが三人いた時代を三山時代って呼ぶの。戦国時代の織田信長、豊臣秀吉、徳川家康みたいな感じ」
織田信長に豊臣秀吉、徳川家康はなんか強い侍だよね。なんとなくイメージはできてる。
「そんな三山時代を勝ち抜いて琉球王国を作り上げたのが尚巴志。戦に勝ち抜いて、他の王を倒して琉球を統一したからとてつもなく強い人ってことね。尚巴志から四百五十年の琉球王国が始まった。ちなみに、尚が苗字で巴志が名前。琉球の王様たちは代々尚なんとかって名前だから覚えにくい。江戸時代の将軍の名前が似てて覚えにくいのと一緒」
「あー、そういえば徳川の人たち覚えられなくて小テスト落ちまくって冬休みに登校させられたの覚えてます。なんであんなにみんなして似た名前にするんですかね……」
歴史って名前を聞くだけで拒絶するぐらい苦手だけど、先生の作品はすらすら読めた。
今も聞く前は不安だったけど、先生が本当にわかりやすく説明してくれてるし、名前が覚えにくいとか親しみやすい言葉も入れてくれて、全然拒絶してない。むしろ、興味を持ち始めてる自分がいて、四季さいという作家のすごさを改めて思い知らされる。
「尚巴志の子孫が王様だった時代を第一尚氏王朝と呼んで、その後に第二尚氏王朝と呼ばれる時代が来るんだけど、なんで一と二で分かれるんだと思う?」
クイズが出されるとは思ってなくてびっくりしたけど、出されたからには答えねば。
よくわかんないって考えが一番最初に浮かんでくるけど、なんとか……なんでもいいから捻り出さないと。
「……すごい適当なこと言いますけど、王様が変わった……とかですか?」
一応適当なこと言いますって言ったから、間違ってても怒られはしない……はず。多分。そうであってくれ。
「正解。第一尚氏も第二尚氏も苗字が尚の王様だけど、血が繋がってない。第二尚氏の初代王様は百姓の生まれだったけど王様になった。豊臣秀吉みたいだよね」
わかりやすいはわかりやすい。私が理解できてるんだから、先生の説明はとてつもなくわかりやすいんだろう……けど、長くて集中力が切れかけてる。
新刊の話は……いつしてくれるんだろう。
「はい! 一旦休憩しよう。一気に詰め込むと飽きちゃうからね」
ぱんっと手を叩いて先生はスケッチブックを閉じた。
「そろそろ洗濯機も止まる頃だろうし、美本の顔も疲れ始めてたからちょうどいい時間だね」
「……見抜かれてましたか」
「人間観察するの得意だから! ほら、休憩なんだから頭動かしちゃだめだよ。好きなことしてて」
可愛らしい笑顔を見るたびに、胸が高鳴るのがわかる。
これはもう、どうしたってごまかせない。後戻りもできない。
美本知世、久々に恋したようです。
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