一章

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三話「今はただの腐れ縁です」  電話に出た瞬間、慶壱の怒鳴り声が耳に響く。キーンってした。  慶壱が早口で怒鳴り続けるから、とりあえず落ち着かせる。  私の今の状態を詳しく話そうとしたら、今どこにいるかだけ教えろなんてぶっきらぼうに言われた。  先生に住所を聞いて教えたら、思ってた以上に早く来た。本当にすぐ来た。そして、今に至るんだけど……。 「うっ……ぇっ……」 「僕の家で吐くの流行ってる?」  慶壱は来てすぐトイレに駆け込んでゲロ吐きまくってる。 「あいつは……慶壱っていうやつなんですけど、吐くのあんまり得意じゃなくて、いつもトイレ入ると長いんです」 「吐くまで飲まなきゃいいのに」 「それは……そうなんですけど……」  正論を言われたら言い返せない。私は黙るしかない。 「あと昨日から気になってたんだけど、彼は美本ちゃんの彼氏?」 「いいえ」 「食い気味に答えるね。本当に?」 「まぁ……そういう時期もありましたけど、今はただの腐れ縁です」  どこで出会ったの? どっちが告白したの? 何年ぐらい付き合ってたの? どっちが別れを切り出したの? なんて先生からの質問攻めに困り果ててると、トイレから水が流れる音と共にグロッキーな顔の慶壱が出てくる。ナイスタイミング! 「慶壱! いい所に!」 「はぁ? いきなりなんだ……うぉ、引っ張るな!?」  慶壱の腕を無理矢理引っ張ってテーブルに座らせる。先生と慶壱が向き合うように座らせて、私は慶壱の隣に座る。 「あんた、昨日居酒屋にいたよな?」 「よく覚えてますね」 「知世があの人の顔可愛くて好みーってほざいてたから覚えてる」 「ちょっと! 突然爆弾投下するな馬鹿!」  私と慶壱が馬鹿だのなんだの言い合いをしてると、先生は仲良いなぁなんてほんわかしながら私たちを見てる。仲良くないわ。 「違うだろ。俺はお前とじゃれあうために来たんじゃない」  なぜか私は慶壱にばしんと叩かれた。なんで殴られなきゃいけないの!? なんて言ってやろうと思ったけど、慶壱は真剣な顔で先生を睨んでる。さすがの私でもこの空気は読めます、読みます。 「……かっこつけたいところだけど、水もらえませんか? 口の中ゲロ味で気持ち悪い」  そうだ、そうだった。慶壱はダサい奴だってことをすっかり忘れてた。 「それなら味噌汁でも買ってきた方が良さそうだね」 「味噌汁ぐらいなら私作りますよ。冷蔵庫見てもいいですか?」 「どうぞ」  冷蔵庫は結構大きい。ぱっと見た感じの印象で家具とか部屋の様子から勝手に一人暮らしだと思ってるけど……この大きさの冷蔵庫は一人暮らしには思えない。 「先生って一人暮らしですか?」  お湯が沸騰するのを待ってる間にゆったりとくつろいでる先生に質問してみる。 「そうだけど、何か気になる?」 「一人暮らしにしては冷蔵庫が大きいなって思いまして」 「あぁ、その冷蔵庫は僕が買ったものじゃないんだよね。元カノが押し付けてきた」  元カノが押し付けてきた? このでかい冷蔵庫を? とてつもなく気になるけど、お湯が沸騰したから作りながら聞く。 「元カノがこれだけの大きさの冷蔵庫だったら、私がいつ来てもなんかあるじゃんって言って突然買ってきた。純粋に頭おかしいなって思った」  味噌を溶かして、冷蔵庫の中にあったじゃがいもと豆腐を入れる。  もうだいぶ古そうな万能ねぎがあるから刻んでどばっと大量に入れる。見た目はだいぶ悪いけど、まぁ良しとしよう。 「その元カノさんお金持ちなんですね。こんな大きい冷蔵庫だったら結構なお値段しますよね?」  出来あがった味噌汁を二人の前に出すと、二人とも一瞬うげって顔をしつつずるずるとすする。 「まぁ、それなりにするんじゃない? よくわかんないけど」 「……味噌汁からねぎの味しかしない」  先生と話してるのに邪魔してくる。しかも、私が作った味噌汁の文句言ってくる慶壱のお腹を殴って黙らせる。またグロッキーな顔してる。 「あっ、すっかり忘れてたけど、慶壱くんはなんでここに来たの?」 「……そうだった! 味噌汁すすってる場合じゃなかった」  慶壱は見た目バリバリのスポーツマンで黙ってればそれなりにちゃんとした人に見えるけど、話せば話すほど残念な馬鹿だってことがわかっちゃう残念な男。 「昨日、俺がトイレ行ってゲロ吐いてる間に知世が消えて今まで探し回ってたんですけど、なんであんたの家に知世がいるんですか?」  慶壱は水飲みたいっていう前と同じで正座して姿勢を正して、先生を睨んでる。 「慶壱くんは僕が美本ちゃんになんかしたって思ってるわけだ」 「別にそういう意味じゃないですけど、一晩探し回ってた俺に説明しろって言ってるんです」 「慶壱くんの顔怖いよ」  慶壱の睨みなんて先生には全く効いてないらしい。笑ってる。 「先に言っておくけど、僕たちに声をかけてきたのは美本ちゃんの方だし、この家に美本ちゃんを連れてきたのはその時一緒に飲んでた連れ。僕はわりかし被害者なんだよね」  慶壱は何を言えば良いのか悩んでるらしい。眉間に皺寄せてる。 「あ……あとさ、すごい言い難いんだけど」 「何だよ」  考えてる時に話しかけられて不機嫌になるのはわかるけど、言い方強。まぁ、慣れてるからいいんだけどさ。 「なんかね、この人は小説家らしくって……それで、私を雇う……らしいよ?」 「……は?」 「よくわかんないけど……そういうことらしい」 「誰が誰を雇うって? はぁ!?」  慶壱がこんなに大きい声出すの久々に聞いた気がする。
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