一章

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四話「元彼氏からの忠告だ」 「……わけわかんねぇ」  先生が一通り説明した後、慶壱は頭を抱えてる。 「なんであんたはこんなにがさつで適当な女を雇おうなんて考えに至ったわけ?」  おうおう、何だか聞き捨てならない言葉が二つほど聞こえたぞ。 「やってもらうこと自体はそんなに難しくない。それに、美本ちゃんがあまりに不憫だったから」 「私が……不憫?」 「だって、家なし仕事なしのお先真っ暗なんでしょ? なんか助けてあげたくなっちゃった」  私、酔ってたとはいえ素知らぬ人にその話をしたの……? あぁ、本当に信じられない。 「それって……私が言ってたんですよね?」 「もちろん。上の部屋が火事になって水浸しで住める状態じゃない家と上司に喧嘩売って仕事辞めさせられたーって楽しそうに話してたよ。僕はこの人心が強いなって思って聞いてたし、連れは普通に引いてた」  家なし仕事なし、おまけに彼氏なしの二十二歳の私。何か考えるのも嫌になって酒奢れ! とたかって慶壱のお金でしこたま飲んで飲ませてたのが昨日。 「それに、仕事だけじゃなくて住む場所も提供できるよ?」 「あんたさ」  楽しげに話す先生とは違い、慶壱の顔はどんどん険しくなってるし声からは明らかにイラついてるのがわかる。 「舐めてんだろ」 「何を?」 「こいつに仕事も家も提供するなんてできるはずないだろ。どう見ても俺らより年下のあんたがそんな財力持ってるわけない」 「慶壱……この人は」 「いいか? 知世で遊んでやろうって思ってるんだろうけど、この女はやめとけ。元彼氏からの忠告だ。絶対やめとけ、おすすめはしない」  ……あれ? 慶壱は私のために怒ってくれてるんじゃなかったっけ? こいつは私を怒らせたいのか? 「僕、こう見えても売れっ子作家なんでそこは心配しなくても大丈夫。それに、美本ちゃんを狙ってるわけでもないから安心してよ」 「作家?」 「そう、四季さいって名前」 「……ほ、んとか?」  先生は同じ反応だ! なんて言って喜んでる。 「四季さいって……知世が好きな人じゃなかった?」 「その通り。よく覚えてるじゃん」 「まぁそりゃ……強烈に覚えてる」 「このままだと同じような会話が続いちゃいそうだから、話し続けるよ」  先生はぽんっと手を叩いて私たちの会話を止める。そして、先生の独壇場が始まる。 「この家の隣の部屋も僕が買い取って荷物置き場にしてるんだけど、そこ綺麗にしたら住めるだろうから住んでいいよ」  住んで……いいよ? 本気で言ってるの? 「あっ、片付けはしてもらうけどね。それでいいなら仕事も家も提供できます。どう? 美本ちゃんにとって悪い話じゃなくない?」  確かに美味しい話ではある。  ホテル暮らしができるのも財力的にあと少しだけ。実家に帰るのは……妹たちがうるさそうだから嫌。 「……ちなみに、私今お金ないですよ? 水道光熱費払えないですよ?」 「なら最初の月は僕の方で負担してあげる。片付くまではこの部屋で寝泊まりすることになるだろうし、あんまりお金はかからないと思うよ。食費は僕が払うつもりだし、給料日までは何にも気にしないで大丈夫」  なんかもうすごいなぁ、なんて舐め腐った言葉しか浮かんでこない。  売れっ子作家ってものは急遽人一人を養う財力があるのか。びっくりするしかない。 「あっ、給料は月十五万ぐらいで考えてる。家賃と食費かかんないと思えば充分だと思うけど、どうかな?」  どうかな? って言い方がずるい。可愛い顔を少し傾けて目を真っ直ぐ見て聞かれたら、そりゃもう有無を言わさずにはいって言うしかない。 「わかった。その条件でいいとして、それ全部書面に書け」  私がはいって言う前に慶壱が勝手にいいとか言うな! と言いたいところだけど、書面にしてもらうのは考えつかなかった。大目に見てやろう。 「わかった。今ここで書けばいい?」 「今、俺の前で書け。はんこも忘れるな」  先生は慶壱をはいはいってあしらいつつ、ちゃんと書面を作ってる。  さっき話した内容のこと書いてるんだよね……だとしたら、私めっちゃ運良くない?  昨日まで家なし仕事なし彼氏なしだったのに、一晩の間に家と仕事を手に入れたらしい。私すごいわ。 「あっ、知世の意見聞いてなかったけどいいよな?」 「忘れられてるなって思ったよ」  本当に慶壱はかっこつかないなぁ。 「好条件すぎてありがたい話です」 「そう言ってもらえて良かった」  先生は書面を書くのを一旦中断して、私に対してぺこっと頭を下げる。 「それじゃあ、よろしくね。美本知世さん」 「こっ、こちらこそよろしくお願いします! 四季さい先生」  先生は書面を完成させるとすぐにコピーする。  原本は慶壱に、コピー二枚は先生と私に。 「なんで原本を慶壱に?」 「美本に渡すより慶壱くんの方が適任な気がして。慶壱くんもその方が安心できるでしょ?」  思うところはあるけど、そっちの方がいい気はしたから文句も言えない。 「慶壱くん、今日は予定ない日?」 「今日は三限だけあったけど……もう行く気ない」 「ならぴったりだね」  先生の言葉の意味がわからずに慶壱と首を傾げてると、先生は鞄から鍵を出してはいっと差し出す。 「ありがとうございます……?」 「じゃあ早速、部屋の片付け頑張ってね」  先生、私たち二人共二日酔いなんです。そんな私たちに片付けさせるって……鬼か何かですか?
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