一章

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六話「私のことなんて」 「……お前、いつまで泣いてるつもりだよ」  そう言われたって、私だって泣き続けたいわけじゃない。  大好きな四季さいから小説を貰えるなんてあまりにも夢みたいで、自分でも引くぐらい嬉しすぎて、涙が止まらなくなった。  先生の前で泣くのがあまりにも恥ずかしくて急いで先生の部屋を出て、私の家になる部屋に飛び込んできても涙は止まってくれない。 「にしても、この部屋汚すぎだな。玄関からどこにも行けそうにない」  慶壱が私を泣き止ませたいのはわかる。わかってはいるんだけど、私自身もどうすればいいかわかんない。 「俺、彼女できた」  ……え? 今慶壱なんて言った? 「三月末ぐらいから付き合ってるんだけど、どう? 泣き止んだ?」 「うん……何それどういうこと?」  涙は止まった。さっきまでぼろぼろ泣いてたのが嘘みたいに止まりはしたけど、彼女ってどういうこと? 「まず、なんで私にすぐ言ってくれなかったの?」 「それは……そのだな、えっと」 「誤魔化したいならもっとうまく誤魔化して。そんな下手な誤魔化し方されてもムカつくだけだから、早く正直に話して」 「……みやこの友達なんだよね……俺の彼女」 「みやの……ともだち?」  みやこは慶壱の妹。私と仲良くてしょっちゅう二人で遊びに行ってる子。  私と慶壱は同い年で、それでみやは私たちの四歳下なんだけど……。 「みやの友達? 私たちより四歳下? ってことは今高校三年生だよね?」 「……だから言いたくなかった」 「言いたくなかったじゃないでしょ!?」  私たちは性格はどうあれ成人と呼ばれる年齢なわけで、慶壱は学生だけど同い年で働いてる人たちは年金やら税金やらを納めてる。 「私たち大人なんだよ? そんな大人が現役女子高生に手出してんの? 犯罪者じゃん!?」 「……まだ手は出してねぇよ」  慶壱が顔を真っ赤にして気持ち悪いこと言ってるけど、違うからね。そういうこと聞いてないし聞きたくもない。 「未成年に手を出すって……ってか! みやの友達に手出すってどんな神経してんの!?」 「それに関してはみやこが間をとりもってくれたから何を言われても怖くない」  ポケットから急いでスマホを取り出してみやに電話する。  授業中かもしれないけど、そんなこと構ってられない。 『知世ちゃん? 今学校なんだけど』 「みや! あんたの兄貴が犯罪者になってるんだけど」 「語弊しかない言い方やめろ」  みやが何ごと? って聞いてくるのを無視して一方的に言葉をぶつけまくる。 「慶壱が未成年と付き合ってるし、しかもその未成年は現役女子高生で、しかもしかも、みやの友達でみやが間とりもったとかほざいてるんだけど!?」  言い終わる前からみやが慌ててばたばたと動いてる音が聞こえてる。 『ちょ、スピーカーだったからみんなに聞こえちゃったじゃん! 涼子(りょうこ)もいたからやめてよ』 「涼子……?」 『私の友達でお兄ちゃんの彼女だよ! もぉー知世ちゃんの馬鹿』 「彼女ちゃんのことは今はいいの。とりあえず置いといて」 『置かないでくれる? 今一番の被害者は涼子なんだけど?』  隣の慶壱が頭抱えて項垂れてるけど、そんなこと知らない。私には関係ない。 『知世ちゃんがお兄ちゃんになんて聞いたか知らないけど、私は涼子とお兄ちゃんが付き合ってくれて嬉しいの』 「……なんで? 自分の兄と友達ってなんか薄ら寒くない?」 『涼子は……いろいろあった子だから、涼子が幸せなら私はそれで充分なの』 「でもさ、やっぱり大人が未成年とっていろいろと問題が」 「みやこ、知世につき合わんでいいから。授業サボりすぎるなよ」  ひょいっと動いた慶壱が勝手に通話終了ボタンを押して電話は終わった。 「……知世が考えてることも理解してる。周りになんて言われるかも、見られるかもわかった上で涼子と付き合ってるから大丈夫。心配してくれてありがとな」 「はぁ……優しい声でそういうこと言わないでくれる? 私が駄々こねてる子供みたいじゃん」  慶壱は良くも悪くも誰にでも優しい。  口悪いし態度もでかいけど、ふとした時に分け隔てなく優しくしてくれるこの性格で高校生の時はモテてた。  私もそんな慶壱のことが好きになった一人で、また恋愛感情で好きになることはないけど、別れてからも何度かキュンとさせられてるのは確か。 「よし、知世も泣き止んだし、さっさと片付けするぞ」  慶壱は率先して重いものを外に運び出してくれる。私はちまちまと紙をまとめてるだけ。 「慶壱さ、こうやって私と二人で会うのやめない?」 「……それについては俺も悩んでる」  そりゃそうだよね、という返事が帰ってきた。  彼女がいる慶壱と私が二人で会うのは普通に考えればおかしな話で、彼女ちゃんが嫌な気持ちになるのは考えなくてもわかること。  でも、前に付き合ってたし恋愛感情を持ってたこともあるけど、恋愛とか抜きで私は慶壱を大事に思ってる。  友達とか恋人とかじゃなくて、どちらかと言うと家族に近いような存在になるぐらい大事な人。 「涼子になんて話せばいいかわかってないけど……知世のことを話して理解してほしいとは思ってる」  でも、多分、これは私だけの感情なんだと思う。  慶壱も私のことを大事に思ってくれてる。別れたあとだって定期的に会いに来て生存確認してくれたし、今だって自分には全く関係ない部屋の片付けを手伝ってくれてる。  理由なんかわかりきってるけど、私の大事と慶壱の大事は意味が違う。 「もう気にしないでって何回も言ってるじゃん」 「……気にしてない」 「嘘つかないでよ。その間が全部語ってる」  慶壱は私に罪滅ぼしをしたい。  あの時、私に言った言葉。あの言葉のせいで、自分のせいでって思い込んでる。  私はもう大丈夫だって何回も言ってるのに、慶壱は聞いてくれない。 「とりあえず、今日は片付け手伝ってほしいけど、今後のことはちゃんと彼女ちゃんと話し合って決めて。私のことなんて気にしなくていいから」  慶壱がどんな顔をしてるかなんて、見なくてもわかっちゃう。  こういう時だけは、慶壱の優しい性格が恨めしい。
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