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ねえ、覚えてる?
「ねえ、覚えてる?」
彼女は突然聞いてきた。
「覚えてないね。その顔は、覚えてない顔だね」
「いや、覚えてる覚えてる」
「……へえ」
「うん……あれだろ? あの、あれ」
「うん」
この質問は今までたくさんされてきた。昔はさっぱり何を言っているのか分からずタジタジとしていたが今ならわかる。
「今日、記念日だもんな」
ただ何の記念日だったかさっぱり思い出せない。じっ……と見つめてくるその目に心まで見透かされているような気がした。
「えっと……あ、あし――」
「そうだね」
「そうだよな! うん、もちろん覚えてるさぁ」
「そっか、よかった」
本当に良かった。これで少なくとも今日が何かしらの記念日であることは確定した。
彼女はとても記念日を大切にしている。前に一度、付き合って一周年の記念日を忘れてとても悲しませてしまったことがある。その日は目も合わせてもらえなかった。
「あー。じゃ、今日はどっか飯でも行くか!」
「え……?」
まるでお葬式の日にパァっとやりますかと提案してしまったほどにドン引いている。
「あいや、やっぱ家でのんびりするのもわるくないかも……」
「いいよ、外で食べよう」
どこかそっぽを向いて彼女はそう言った。
「よし、じゃあどこ行こうか。なにかリクエストある?」
「んーやっぱり、中華かな?」
「OK!中華ね!」
さっそくスマホで中華の美味しい店を調べ始めた。
「あの人も好きだし」
「ん〜あのひと……」
予期せぬ追加情報が入った。てっきり2人の記念日で、このまま何の記念日だかは知らないがうまいことやり過ごせると思っていた。しかし「あの人」が関わってくるのであればそうはいかない。
「え、誘わないの?」
彼女は誘うのが当たり前かのように言った。
「いや! ん? 誘うよ誘う! もちろん。あの人がいなきゃ始まらないよな」
誰だ。会社の人か? それとも友人。お世話になった人……。
「あー最近、脂っこいものキツイって言ってたからさっぱり系のところの方がいいかな」
年齢は高そうだ。
「油っぽくない中華ね! OKOK。やっぱり歳取ってくると胃にやさしいものの方がいいよな」
「あの人そんな歳じゃないよ?」
違った。
「あ、いや違うよ! おれが、おれがさ。最近胃もたれしやすいから、歳だなーって」
「そうなんだ」
なんとかごまかせたようだが、さっぱり誰だか見当がつかない。彼女はまたそっぽを向いてしまった。あの人が誰か分かっていないことがバレてしまっただろうか。
「あの。あの人に連絡しといてもらっていい? 店の予約しとくからさ」
「わかった」
誰だか分からないが、これで現地集合にすればその時に分かる。ほっと胸を撫で下ろした。
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