鉛筆と彼

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そんな日々が続くと信じて疑わなかった夏休み間近の昼休み。いつものように屋上で街の風景を夢中で描いている梅原の隣に座っていると「できた.......」と呟いてきたので椙澤は梅原の方を向くと、彼は徐にスケッチブックを掲げて目の前の格子柵越しの風景と自分の絵を照らし合わせていた。 俺との落書きではなく、ここ数週間ずっと風景画を描いていた彼。それでもやはり自分とは比ではない程の繊細さ。 「僕さ、転校するんだっ.......」 椙澤も一緒に眺めていると唐突に零された言葉に「えっ」と思わず声を上げた。 「いつ?」 「明日.......。引越しがあるから終業式は出れないんだ。だから君とも会えるの今日で最後になる」 「はっ!?なんで早く言わなかったんだよ」 「正直、友達なんて作る気なんてなかった。うちは転勤族だし、作ってもまたすぐ転勤になる。寂しくなるから.......それなら最初から居ない方がマシだと思っていた。でも、君が話しかけてくるから.......君と過ごした昼休み凄い楽しかったよ……」 突然告げられるお別れに椙澤の動揺を隠せなかった。出来ればまだ、こうやって梅原と過ごしていたかっただけに現実を受け止められずにいる。 「そんな.......俺だって梅原といて楽しかった.......」 もう会えないと思うと目頭が熱くなり、この楽しかった数週間の日々の思い出が走馬灯のように思い出しては涙がじわりと溢れ出していた。 「どうして君が泣くんだよ」 「だって.......俺っ梅原と別れるなんて.......やだっ」 声が引き攣り上手く言葉が出ない。 右腕を強く目元に擦り付けて涙を拭うが一度溢れ出した涙は、堰き止めていた物がなくなったかのように止まらなかった。 そんな椙澤の手に梅原の手が重なり1本の鉛筆が握られる。 .......かと思えば額に梅原が触れた感触がして拭っていた腕が止まると同時に涙もひいていた。 いま.......キスされた.......? 「えっ.......」 「君にあげるよ。僕の大事なものだから.......」 椙澤が頭で状況を整理している間にも、梅原は優しく微笑んではその場に立ち上がると唖然とした俺を残して屋上を出ていってしまった。 夏休みが明け、何気なく視線を向けていた座席には当然彼の姿はない。 彼と別れた日のことが何度も脳内にゆっくりと再生される。椙澤は彼が使い込んでいた手元の鉛筆を眺めては、最後に見た笑顔に思いを馳せていた。 この鉛筆無くなるまでに彼にもう一度逢えるだろうか.......。 いや、また会えるように大切に使おう。 End
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