思い出の本

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「ねぇ、覚えてる?この本。」 喫茶店で向かい合う5分前まで恋人だった男に思い出話をして引き留める私は、あなたから見たら滑稽だろうね。 テーブルの上には私たちが、付き合うきっかけになった文庫本。 この本が一冊しか書店になかったから、どちらが買うか、そして貸し借りしようというきっかけで始まった私たち。 「どうだっていいだろう、美玖。」 私の後輩と付き合うからと別れを切り出す事は、ここに来る前から分かっていたから、この本を渡そうと持って来たのだ。 「だってこれを買ったのは、和巳だから返さないと。」 「そっか。じゃあもらって行くよ。」 自分のコーヒー代をテーブルに置き、代わりに文庫本を手にして去って行くのを見送った。 和巳の性格だと、自分で買った廃版のあの本を捨てるはずがない。 そして… あの本は、遅効性の毒になるだろう。 あの子が開けば私の存在を感じさせ、和巳が開けば私との日々を思い出させる。 そんなメッセージをいくつか、仕込んだから。
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