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(どうしよう……笠原くんを大学まで案内しないといけないのに椅子から立ち上がれない)
「ちょっと待ってて……」
笠原くんは左右を見渡した後、私の前から居なくなったと思ったら
「これ飲んで、落ち着こうよ。俺も近くに座るから」
温かくて甘いミルクコーヒーの缶を差し出してくれた。
「ありがとう」
「うん……」
お礼は取り敢えず言えたけど、まだ震えが止まらない。
「……」
「……」
笠原くんは、私の席から一つ開けた椅子に足を組んで座った。
それから私と同じ缶コーヒーを、笠原くんも私と同じタイミングで口に運んでいる。
「……」
「……」
コーヒーの中身が空になって冷たくなっても、私達はずっと座り続けていた。
ホームの時計に目を向けると、午前9時を回っている。
ホームには何回か人の流れが起きたけど、笠原くんもまだ座ったままでいてくれて。
私の気持ちが落ち着くのを待ってくれているようだった。
「……」
授業はもう始まっているのに、とても申し訳ない。
「帰りましょう……っか」
しばらくして、伸びをしながら笠原くんは言った。
「え?」
「立てる?それとも、まだ無理?」
「あ……多分、立てると、思います」
「それなら良かった」
笠原くんはやわらかな笑顔を向けてきて私に手を差し伸べる。
私は何の考えもなく彼の大きくて綺麗な手を掴んだ。
(あっ……)
笠原くんは強い力でグイッと引っ張り私を立たせると、そのまま反対側のホームへと連れて行く。
「授業あったのにごめんなさい」
「それはもうどうでもいい」
「……ごめんなさい」
「謝らなくていいよ。村川さんは何も悪くないんだから」
「でも、笠原くん真面目に授業受けてて休んだ事ないのに」
「だからだよ。まだ休んだことなかったからこのくらいどうってことない」
時間帯の事もあってか帰りの電車には乗客が少なく、座席に座ることが出来た。
「ふぅ……」
「ホームの椅子とは違って落ち着くかな?さっきよりも村川さんの表情がやわらかくなった」
一息ついた私の表情を彼は見下ろし、微笑みを浮かべている。
「やっぱり車内の座席の方がクッションありますし、『一旦帰ってまた出直せる』って分かったら気持ちが落ち着いたっていうか」
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