片想いの隣人と忘れられない後ろ姿

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*  勇輝(ゆうき)くんとのお付き合いが始まって3日目の日曜日の、午後20時過ぎ。  本来なら勇輝くんとラブラブな時間をまだ過ごしていたかもしれなかったのに、現実はキッチンの前に1人で立ち、黙々と珈琲豆を焙煎しながら真澄とハンズフリー通話をしている。  『もーさぁ、一昨日の合コンで知り合ったあの男!!ヤリモクなのがあからさま過ぎて最悪だったよ!!ソッコー別れてやったわ!!』  イヤホンマイクから聞こえる真澄は、分かりやすいくらいに激怒していて「相手の男性がよっぽど酷い人だった」という事が伝わる。  「そうだったんだ……。ヤリモク……」  『恋愛ごとに(うと)朝香(あさか)ちゃんに分かりやすく伝えるなら……ヤリモクっていうのはヤリ目的。つまりエッチだけしたい男だったって意味の言葉だからね?』  「知ってるよ、ヤリモクって言葉の意味くらい」  確かに私は田舎から出てきた純朴少女とやらで、真澄からは「恋愛に疎い純白純粋な子猫ちゃん」といつも揶揄(やゆ)されてるんだけど、大学生を1年間経験したら「ヤリ目的」くらいの用語の意味は記憶出来る。  『本当かなぁ……。朝香ってば、純朴子猫ちゃんなんだもん』  (ほら、また真澄が私の事を「純朴」「子猫ちゃん」って言った)  「……」  だけど、私は敢えて何も言い返さず、ガス火の調整に集中しながらシャカシャカと珈琲豆入りの焙烙(ほうろく)を回しながら振っている。  『黙った……って事は、朝香(あさか)もあの勇輝(ゆうき)とかいう男に何かされた?』  真澄は流石(さすが)に察しが良い。  真澄から「純粋子猫ちゃん」なんて言われたら、私は「そんな事ないっ!」って幼い子どもみたいに否定してしまう。  私の方からいつも言い返す定型的なセリフがないと知ると、真澄は「私の身に何か起きたんじゃないか?」と察してくれる。  私を揶揄して軽く馬鹿にするような態度も時々するんだけど、やっぱり私の友達はそういった意味で頼りになる存在だ。  「された」  『ええっ?!朝香、ヤラレちゃった??!』  「!!……きゃあ!あつっ!!」  突然大声を出した真澄の発言に私の耳がビックリし、焙烙(ほうろく)の穴から豆が数粒ピョンと飛び出して私の足に落ちる。  『えっ?何??どうした朝香?大丈夫??』  「大丈夫大丈夫……ニカラグアの豆が飛び出て足に落ちただけだから」  足といっても靴下を履いていたから火傷(やけど)までは至っていない。  私はしゃがんで冷静に黄色くなったまま散らばった豆を床から拾いあげ、冷静な返事を返して珈琲豆焙煎の作業を再開する。
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