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「そこは♭でしょ!忘れない!」
晩ご飯が終わるといつもこうだった。
ご飯はいつも出来たてを出してくれて。
メインとは別にサラダや小鉢を作ってくれて。
食後には美味しい紅茶と手作りのお菓子を出してくれたお母さんはどこかに行ってしまう。
姉のピアノの練習が始まるといつもそうだった。
姉ちゃんは泣きながら何度も何度も繰り返し弾いた。ああなった母に話は通じない。「もうやめよう」とか「ここまでにしよう」とかそういったとのは母にとって甘えに過ぎない。
僕はそんな姉ちゃんとお母さんをみたくなかった。
優しくてどんなときも甘えさせてくれる母の二面性を直視できなかった。
泣きながら、ひたむきに指を動かし続ける姉ちゃんを見たくなかった。
僕はそんな時、いつも押入れに隠れていた。
早くこの時間が終りますように。
いつもの優しいお母さんに戻りますように。
お姉ちゃんがこの時間から解放されますように。
何も見えない暗闇の中で縋るように祈っていた。
「いいかげんにしなさい!何で間違えるの!」
何も見えない暗闇の中で炎のような怒号が耳を通して脳を焦す。
そんな地獄のような時間のなかで姉ちゃんの奏でるピアノの音だけが透き通っていたことを覚えている…。
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