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未来へ〜競馬編〜
くたびれた馬は若かった頃のことを、よく覚えていた。思い返せば、無茶苦茶に調教されていた。坂路を何回も走らされたり、これ以上脚は前にいかないくらいしんどいのに鞭で叩かれたり、プールに落とされて強制的に泳がされたりした。その代わり、いつも餌をたくさんもらえて、馬体のケアもしてもらえた。状態が上向いてくると、馬体はパンと張り、自分でも速く走れそうなことがわかった。誰にも負けず、どこまでも走れる気になるのだ。持てる能力を全て出し切ったとき、レースで1着を取ったこともあった。壊れそうなほど脚を酷使しているので、レースの終盤では、もう脚がもたないのではと不安が過ぎるときもある。それでも勝ったときは、サラブレッドとして生まれた性を全うできた喜びがあるし、いつも面倒を見てくれる厩務員さんが泣きながら笑ってくれるのを見るのも、なんとも言えない感傷があった。
今朝、空からお告げがあった。次に生まれ変わったら、騎手になると。だから安心しておやすみ、と。そしておそらく、サラブレッドだったときの記憶は残っているから、決して周りに悟られないように、ということだった。
おぎゃあ、と目が覚めて、人間の男としての人生が始まった。
人間は人間で大変なことを知った。特に人間関係など、これまでの馬の世界とは比べものにならないくらい複雑で陰険で苦労も多かった。
それでもなんとか順調に騎手の道を進んだ。パドックで馬に乗るのを待っているとき、うしろで「ヒヒーン…ヒヒン」という声がした。振り向くと、先輩騎手が鼻をフガフガさせながら馬のように鳴いていた。聞き覚えのある鳴き方だったので、思わず声をかけた。「○○さんじゃないですか!?ぼくです、△△です、・・・覚えてますよね?」
※馬名はご想像にお任せします
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