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視界が閉ざされた。漆黒の闇が世界を覆い尽くし、無言の圧をかけてくる。周囲には人の声も鳥獣の音もない。春分の頃のような生温い空気のどこからか、非友好的な冷気が流れ込んでくるのを肌に感じる。
見くびられたものだ、と私は思う。この程度でこちらの動きを封じたと考えているのなら、思い上がりも甚だしかった。
「六道錐斗」は人間社会における仮の名に過ぎない。黒髪を肩まで伸ばした軟弱な男子高校生というのも仮の姿だ。人智を超えた魔の領域、その高次存在たる私に挑むことがどういうことなのか、少し教えてやろう。
暗闇の中で私は片手を前に出す。平たい物を指先で1つつかみ、手中で弄ぶ。
『アキ』
声には出さず念じることで僕を呼ぶと、すぐに『はっ』と高いトーンの念が返ってきた。
『状況は分かるな? しかるべく計らえ』
『承知仕りました、ご主人様』
異形の者であるアキは、人間はもちろん、並の怪物が相手であれば自らの姿を消すことができる。知能も戦闘力も申し分がなく、主の命を忠実に実行する。
本来であれば、私が因果に干渉すれば瞬時に片がつくのだが、「世界の形を安易に変えるな」と父に言われていた。そもそも父はなぜ修行と称して私を人間界などに――まあいい。今は関係のないことだ。
愚かなる挑戦者。圧倒的な力の差に恐れ戦くがいい。
***
私は目元の覆いを取り払った。
「これでどうだ?」
「……」
「……」
私と同様に、カーペットの上で胡座をかいていた同級生2名に尋ねてみるも、返事がない。しばらくして、この家で暮らす佐々木が「六道」と平素な声で言った。
「お前ズルしただろ?」
「フン。負け惜しみは好きなだけ言え」
「ま、どっちでもいいけど、面白くないからボツな」
「何だと!?」
己の前の大きな紙を再度見直す。アキのサポートによって完成した真摯な表情の女性が、私の視線を黙って受け止めていた。1月の外気に抗おうと、エアコンが健気に温風を吐き出す低い音。
父上。人間界は――「フクワライ」なる遊戯は、かくも難しきものです。
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