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「ちょっとお前さん」
その本屋に呼び止められたのは、男が仕事から帰る最中だった。
「顔色が悪いね、何かあったのかい? 良かったら話を聞かせてはくれないかい」
別に話すことなんてない。
男はそう返したが、本屋は引き下がらなかった。
「まぁまぁそう言わずに、話しておくれよ。少しは気が楽になるかもよ」
にひりと笑う、見るからに怪しい本屋の者――普通なら無視して素通りした方が最善であっただろうが……男にはその正常な判断が出来ないほど、参っていたのだ。
まぁ、話しても良いか。
どうせ現実は変わりはしないのだから。
そんな軽い気持ちで、男は自分の身に降りかかった不幸を本屋に話した。
話が終わると、本屋は何か考え込むかのように黙り、やがて思い付いたように、ある一冊の本を取り出した。
「それならば、お前さんにコレを授けよう」
髑髏の表紙が描かれた、分厚い古書――見るからに怪しいそれに、男は眉をしかめた。
「いらんよ、俺は学もなければ金もない。売りたいなら他を当たってくれ」
「何、お代はいらないよ。学も必要ない。お前さんはただ念じれば良い、“妻に会わせてくれ”とな……さすれば願いは叶い、妻は生き返るぞ」
その言葉に、男の心は揺れ動いた。
バカバカしいと思う半面。万一の可能性があって、もし本当に妻にもう一度会えるなら……
固唾を飲み込み、気が付けば男は口にしていた。
「どうすれば……良い?」
「先程も言ったが……ただ念じれば良い。その想いを糧に本がやるべきことを示し、文字の意味などをお前さんに教え、お前さんはその手順を踏みさえすれば良い。さすれば……」
「妻に……妻にっ、会えるんだな!?」
本屋は何も言わなかった。ただにこりと、微笑み返しただけだった。
かくして男は、無償で妻を生き返らせる可能性を手に取ったのだった。
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