死者蘇生

3/5
前へ
/5ページ
次へ
 「ちょっとお前さん」  その本屋に呼び止められたのは、男が仕事から帰る最中だった。  「顔色が悪いね、何かあったのかい? 良かったら話を聞かせてはくれないかい」  別に話すことなんてない。  男はそう返したが、本屋は引き下がらなかった。  「まぁまぁそう言わずに、話しておくれよ。少しは気が楽になるかもよ」  にひりと笑う、見るからに怪しい本屋の者――普通なら無視して素通りした方が最善であっただろうが……男にはその正常な判断が出来ないほど、参っていたのだ。  まぁ、話しても良いか。  どうせ現実は変わりはしないのだから。   そんな軽い気持ちで、男は自分の身に降りかかった不幸を本屋に話した。  話が終わると、本屋は何か考え込むかのように黙り、やがて思い付いたように、ある一冊の本を取り出した。  「それならば、お前さんにコレを授けよう」  髑髏の表紙が描かれた、分厚い古書――見るからに怪しいそれに、男は眉をしかめた。  「いらんよ、俺は学もなければ金もない。売りたいなら他を当たってくれ」  「何、お代はいらないよ。学も必要ない。お前さんはただ念じれば良い、“妻に会わせてくれ”とな……さすれば願いは叶い、妻は生き返るぞ」  その言葉に、男の心は揺れ動いた。  バカバカしいと思う半面。万一の可能性があって、もし本当に妻にもう一度会えるなら……  固唾を飲み込み、気が付けば男は口にしていた。  「どうすれば……良い?」  「先程も言ったが……ただ念じれば良い。その想いを糧に本がやるべきことを示し、文字の意味などをお前さんに教え、お前さんはその手順を踏みさえすれば良い。さすれば……」  「妻に……妻にっ、会えるんだな!?」  本屋は何も言わなかった。ただにこりと、微笑み返しただけだった。  かくして男は、無償で妻を生き返らせる可能性を手に取ったのだった。  
/5ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加