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* 鉄板ネタはお好きですか? *
***
「んー、そうだなあ。守衛の鉄板ネタねえ」
大企業の出入り口をガードする守衛として、長年勤めている伯父の仕事話はコンプライアンスやプライバシーに関わる内容を避けても十分面白い。それは元々、話し上手な伯父だからか。それとも大企業の守衛だからか。そんな伯父に一度だけ、無茶振りをしたことがある。それが冒頭のセリフに繋がるわけだ。
長年勤めている伯父という表現で分かると思うが、俺の親父より相当年が多い。つまり、俺が聞いたことがある伯父の仕事話は全て『近年』の出来事に過ぎないわけだ。となってくると、聞いてみたくなってきた。伯父はいったいどんな内容を上げるのだろうか、と。
知らなかった昔話を聞く可能性もあれば、知っている話をまた聞く可能性もある。だけど、俺は純粋にどっちに転んでも構わなかった。それほど、伯父の仕事話に外れがなかった。
「そうだなあ。じゃあ、守衛なら必ず知っている不思議な音が聞こえる時間帯があるんだけどな」
「不思議な音? 伯父さん、どんな音?」
「んー。それがだ、な。キーッと聞こえたという話もあれば、ピーッと聞こえたという話もある。ジャジャジャジャーとか、まあ。要するに音の共通点がまるでない。だから、敢えて『不思議な』と表現したんだが……」
「えー、ヤダ。怖い、それって、何か呪われてたりする?」
俺たちの会話に中学生のユリちゃんが参戦してくる。
「あははは、まさか。呪いとか、そんなことは一切ないから怖がらなくて大丈夫だよ」
「なんだー、良かったー。ユウキ兄ちゃんと物騒な話してるから驚いたよー」
「ごめんごめん、まさかそう勘違いされるとは思わなかったよ」
伯父があっけらかんと呪い説を吹き飛ばし、ユリちゃんはあからさまにホッと胸をなで下ろしている。そして、ユリちゃんの安堵した表情を見届けた伯父は話を続けていく。
「それでな、ユリちゃんのツッコミがあったら言いづらいんだけど。ユウキはその不思議な音が聞こえる時間帯って分かるか?」
「え、時間帯? それって、伯父さんの同僚は皆んな知ってる音ってことですよね?」
「んー……。まあ、その認識でも間違いではないんだけど」
「え、まさか守衛以外の営業とか設計士さんとか企業全体で共有している感じですか?」
「いやいやいやいや。そっちじゃない、そっちじゃない」
俺の答えを聞いて、伯父はケラケラと声を上げて笑っている。
「勤め先が違う守衛も鉄板ネタにしてるってことだよ」
「え? 違う場所でも聞こえるんですか!?」
「ん、ユウキ。降参かい?」
俺のツッコミを華麗にスルーし、伯父はネタバレに突入する。
「そりゃあ、異なる場所でも聞こえると知れば、更に共通点を絞りこむことなんて無謀ですし……」
「あっはははは。ユウキは見かけによらず、頭が固いなあー。人によって異なる音色の表現で、しかも守衛がいる場所ならどこでも現れると聞いた後もリアルな音を探していたらダメだよー」
そう言って、伯父は金色に染めた俺の頭をぐしゃぐしゃにしながら、真っ赤な顔で語り続ける。
……あ。
真っ赤な顔、ということは……。
「音は概念なんだよ。だから、音は人によって、音色の表現が違う。つまり、守衛のテリトリーである『門』と『音』が出会う『闇』の時間帯『夜』が正解な守衛の鉄板ネタであり、クイズなんだな」
ガハハハハと大笑いした後、伯父は座布団を枕に眠り始める。
あー……。限界だったか。
最後まで楽しそうに語られて、くだらないと文句なんて言えないだろう。
尤も本人は夢の中だが……。
相変わらずの見事な話っぷりに惚れ惚れしつつ、どんちゃん騒ぎの広間から真っ暗な隣の部屋へ伯父を運び出す。誰もいない部屋に広がる暗闇が、ひっそりとクイズの答えとリンクしていた。
【Fin.】
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