冷蔵庫

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 自宅に帰りついてからも恐怖を拭い去ることができず、怨念はついに、夢の中にまで私を追って来た。  置いていかないでくれ……  一人にしないでくれ……  ハッとして目を覚ます。見開いた目に映ったのは、漆黒の闇だった。  冷蔵庫の中だ! そう思った私はパニックになり、手足をバタつかせた。その動きはガサガサと乾いた音を立て、全身に鋭い痛みが走る。低い呻き声をあげて丸めた体の下に、枯葉や小枝の感触があった。  だんだんと、暗闇に目が慣れてくる。ゆっくり顔を上げると、ひっくり返ってひしゃげた車が、斜面の木立に引っかかっているのが見えた。  ああ。  思い出した。  私は自宅に帰ってなどいない。  妄想と恐怖に囚われた私は山道でスピードを出し過ぎ、カーブを曲がりきれずにガードレールを突き破って転落したのだ。  どうやら車から投げ出されたらしい。体を動かすと、足に強い痛みを感じる。地面に肘をついて上体を上げ、おそるおそる足元を見た私は、声にならない悲鳴を上げた。  すぐそばに、大きな白い箱が転がっている。投棄された旧型の冷蔵庫が、閉じた蓋を上にして山の斜面に倒れていた。  なぜ。どうして。  背筋を這う悪寒に、体が震えた。ドッと汗が噴き出し、全身が心臓になったかのように拍動する。  ギギギギギギ……  闇に沈む静寂の中に、古い金属が軋む音が響いた。  恐怖で凍りついた私の目の前で、冷蔵庫の扉が、ゆっくりと持ち上がる。私は目を逸らすこともできず、そこに生まれた漆黒の隙間を凝視した。  ああ。  思えば私はきっと、ずっと前から囚われていたのだろう。  あの、暗く狭い、冷蔵庫の中に。   【了】
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