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宿に着いて風呂に入って食事を済ませた後はもうすることが無い。することがないからとりあえず350ミリの缶ビールを飲み干して、電気を消して布団に入る。常夜灯はつけない。少しの灯りでも目に入ると眠れないから。真っ暗になるかと思ったけれど月明かりが障子を通り抜け部屋を照らしている。
障子に背を向けて目を瞑るしかない。
持ち帰った仕事はダイニングテーブルに投げっぱなしで家を出てきた。なんにしてもやる気が起きない。毎日家と会社の往復で一日が過ぎる。
趣味でも持てば気持ちも切り替わるかと釣りを始めて見たけれど釣り糸を垂らしていても頭の中は取引先でのトラブルや上司の叱責が次々に浮かんでは消え浮かんでは消えで魚影に集中なんて出来ない。たまに魚の群れを見つけても目で追っているうちにどこかに消えてしまう。
情けないなぁ。
何やっても上手くいかない。
何やっても……って俺は何をやりたかったんだっけ?
念願の商社には残念ながら入れなかった。 だけど二番手の会社には就職出来た。
あれ?なんで今の会社が良かったんだっけ?エントリーシートになんて書いたんだっけ?御社のビルは大手町にあり通勤が便利で……いや違うな。メディアによく登場してCMがかっこよくて……も違う。福利厚生がしっかりしてて給料が良くて……ブラックで薄給だよ。
お高い靴は三ヶ月に一回は踵の修理に出して、スーツはオーダーで毎回ボーナス飛んで、取引先の手土産は経理が渋るから毎回自腹で、飲み会ではたかられて当たり前に貯金なんかない。
それでもあの会社にいるのはなんでだ?田舎に帰ればいいじゃないか。家は農家だから自分が帰ればその分戦力になって家族も助かる。なのになんでここにいる?
ふいにじいちゃんとばあちゃんの顔が浮かぶ。
そういえば、白菜の収穫手伝わされた時か。ほらっ、て渡されたやつに青虫がついてて、悲鳴あげたことがあったな。二人とも農家の子が虫怖いのか?って笑われてさ。それが悔しくてさ。我慢して触ってるうちにすっかり平気になった。ミミズが平気なのもじいちゃん様々だな。
そんなじいちゃんは農家組合でも一目置かれていた。とにかく研究熱心で仲間や農業研究所の人達と新しい種とか肥料とか探していた。病害虫に強い品種を作るんだと言って。
だけど歳だからそうそうあちこち行って探すってのは無理で……だから俺が……代わりに……あー……もう眠………
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