1 囚人たち

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1 囚人たち

 1945年2月初旬、アメリカ人兵士のP・K・ライアン軍曹は、ドイツのドレスデン捕虜収容所で虜囚として労働に従事していた。  ライアン軍曹は当年21歳、ノルマンディー上陸作戦でドイツに侵攻し、斥候として敵陣深く踏み込んだところを捕えられ、あちこちの収容所を転々としたあげく、ドイツ随一と名高い文化都市・ドレスデンに行き着いたのだった。 「よお、お土産だぞ」強制労働から解放されたライアンは、牢獄の仲間たちに向かって陽気に手を振った。「ラッキーストライクが3本もあるぜ」  ユダヤ人のアブラハムは口をぽかんと開けている。彼は15歳の痩せた子どもで、管理上手間が省けるという理由で捕虜と一緒くたにされているのだ。「そんなお宝、いったいどっからくすねてきたのさ?」 「人聞きが悪いね。看守からもらったんだよ」 「信じられんな」とロシア人のイグナショフ。25歳、身長6フィート1インチの大男である。「ドイツ野郎がそんなに気前がいいとは思えん」 「お利口に仕事してりゃたまにボーナスをくれるんだよ。あいつらだって鬼じゃないんだ」  大男は肩をすくめた。「どうだかね」 「夜飯だぞ、囚人ども」ドイツ人の看守、シュナイダーが両手に盆を乗せて顔を出した。台詞とは裏腹にまだ19歳の子どもである。「ありがたく食べろよ」  メニューは例によってカビの生えかけた石のように固いパンと、ほとんど味のしないスープだった。それでも囚人たちは文句も言わずに黙々と食べる。最初こそ捕虜虐待だのなんだのと騒いだものだが、ドイツ人も同様のディナーを割り当てられているのを偶然ユダヤ人が目撃してから、彼らは不満を漏らさなくなった。  豪勢な晩餐が終わると、囚人たちはタバコ1本を三人で回し呑みする。煙が房内に立ち昇り、徐々にタバコが短くなっていく。喫煙は娯楽皆無の虜囚生活において、彼ら唯一のオアシスであった。 「お前ら、なにしてる」  反射的にイグナショフがタバコをもみ消した。「なんだ、あんたか。まだ1インチ残ってたんだぞ」  看守のシュナイダーは苦笑して、胸ポケットから1本取り出した。マッチを擦り、着火。深々と吸っていくぶん短くなってから、ロシア人に渡してやる。「そら、これでいいだろう」 「話がわかるね。さすがは人種の頂点に立つアーリア人さまだ」 「それを言わんでくれ、誰もがあいつ(ヒトラー)を崇めてるわけじゃないんだ」  囚人たちは目を丸くした。代表してライアンが口を開く。「おいおい、SS(ナチス親衛隊)がいたらお前さん、銃殺刑だったぜ」 「そこのガキには悪いと思ってるんだよ」看守はかまわず続けた。「俺たち全員がユダ公を皆殺しにしたいだなんて考えてるわけじゃない。少なくとも俺はちがう」 「へん、点数稼ぎしようたってだめだぜ」 「アブラハム、シュナイダーがどれだけの危険を冒して心を開いてくれたと思ってるんだ」 「アメリカ人の兄ちゃんにはわかりっこないさ。おいらたちがどんな目に遭わされてきたか」  看守は反論しなかった。苦々しげにくちびるを噛みしめている。 「うまいな」イグナショフが煙を吐き出した。手先で器用にタバコを回転させ、吸い口を看守のほうへ向ける。「残りものでよけりゃ吸えよ、だんな」  ドイツ人は残りものでよいようだった。煙を深々と吸い込み、吐き出す。「うまい」  その瞬間、嘘みたいに張りつめていたわだかまりが消えてしまった。四人は国籍も思想も、それどころか属している陣営すら異なっていた。それでも彼らは確信した、友情は国境を越えるのだと。  1945年2月13日から15日にかけて、連合軍はドレスデン市に対して空前の無差別爆撃を行った。のべ1,300機の重爆撃機が参加し、古今東西あらゆる爆弾が3,900トン以上もばらまかれた。地獄の業火が猛威を振るい、街はたったの3日で灰燼に帰した。  同都市に軍事目標はほとんどなく、戦争の帰趨もほぼ決している時期であった。絨毯爆撃は徹底しており、連合軍の捕虜収容所もおかまいなしに標的にされた。  むろん、ライアンたちのねぐらも例外ではなかった。  ライアンはつい昨日まで収容所だった瓦礫の山から這い出し、ぐるりと首をめぐらせた。ドレスデン市は影もかたちもなくなっていた。文字通り一面焼け野原である。  爆撃が始まってすぐに看守のシュナイダーが囚人たちを解放してくれたのだが、三人は倒れてきた壁の下敷きになった。ほんの鼻の差だった。  囚人仲間とドイツ人を発掘するむなしい努力を一昼夜ぶっ続けでやったあと、さしもの彼もついに諦めた。看守のくれたタバコに火をつけ、吸い込む。  そこへ爆撃の戦果を確認する目的で、連合軍の斥候が通りかかった。「お前さんアメリカ人だろう、敵地でなにやってんだ。所属と姓名は?」  ライアンはゆっくり煙を吐きだし、友軍を睨みつけた。「友だちを探してるんだよ。お前らが殺した友だちの死体をな」
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