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【 6月18日 】
私が聖バシリオ精神病棟に赴くようになってから、一週間が経った。未だ足を踏み入れていない棟も多く、先代をあのような状態まで追い詰めるような事態には、幸いまだ出くわしていない。
だが、今日は少し気になる患者に出会った。
そして、この妙な胸騒ぎ。
これを鎮めるためにも、私も先代に倣って聖バシリオで見聞きした出来事を書き残しておこうと思う。
***
仰々しく前置きをしておいて早速だが、片目が使えないというのは大変文字が書きにくい。真っ直ぐ書けていないかもしれない。私以外の人間がこれを読むことはないと思いたいが、もし読みづらい点があれば容赦いただきたい。
ドットーレ・ルカレッリ曰く、よくあるデキモノだそうだ。放っておいても失明の心配はないと言われたけれど、念のため薬液に浸した湿布を貼ってもらった。
頻りに眼帯を気にする私を見て、ルカレッリが神妙な顔で切り出したのが、例の患者の話であった。
「フラテッロ・トマゾ。会っていただきたい患者がもう一人いるんですが」
ちょうど私たちは壁を見つめて一日中涎をだらだら垂らし続けている患者を見舞ったばかりであった。
「構いませんが……私がこんな有り様でも大丈夫でしょうか?」
こんな有り様、と言ったのは、当然左目を覆う眼帯のことを指している。ルカレッリがきちんと大学で医学を学んだ人間であることは承知しているが、治療の腕前はまた別の話だと私は思う。彼の飄々とした髭面を見るたびに、失礼ながら私の不信感は募り続けていた。
この時も、ドットーレ・ルカレッリは赤茶けた顎髭を掻きながら、ニヤニヤ笑って言ったのだ。
「あの棟の患者は誰もそんなの気にしませんよ。少なくとも、今から紹介する患者はね」
「また別の棟に行くのですか?」
「ええ。修道士さまもそろそろ『ここ』にも慣れて来たでしょうし、いい加減この仕事の本当に大変な部分をお見せしないとね」
私は怪訝な顔をしていたと思う。医者は不気味に口角を吊り上げていた。その笑みに喧嘩を売られたような気がして、私は挑戦的に胸を張った。
「わかりました。案内してください」
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