LOVE STORY~光の恩人~

3/6
前へ
/6ページ
次へ
 はっと目を開けた。  まだ暗闇の中にいたが、茂は左右を見回した。  どうやらうっかり寝ていたらしい。それは仕方のないことで、体は疲れているのだ。  だが今の茂は、そんなことはどうでもいいようだ。  木の幹にもたれ、リュックを抱えるように座り込んだ姿勢のまま、目を開ける直前まで見ていた”夢”のような、”記憶”のようなものを思い出そうと眉を寄せた。  その”夢”のようなものを再び捕まえることはできそうにないのだが、代わりに、身の内から衝動のようなものが湧き上がってくるのを感じた。  茂は前方を見据えた。 (なんだろう、行ける気がする)  スポーツウォッチの針は3時を回ろうとしていた。  茂の頭は妙に冴え始めている。しかも、体は疲れているはずなのに、どこからともなく活力が湧いている。疲れすぎると妙に神経が高ぶり、ハイテンションになることがある。それだろうか。  いや。違う。  茂は、自分の胸の中に湧き上がる感情が、活力を与えていると感じた。  ――帰ってきた。  ――帰れる。  ――懐かしの故郷(ふるさと)。  喜びの感情。  茂に故郷はない。懐かしいと思うような場所もない。  そのはずなのだが、湧き上がってくる思いを、なぜか。  ”記憶”と言うには軽すぎる。  遺伝子レベルに刻み込まれている思い。脈々と受け継がれてきた願い。  茂は立ち上がった。リュックサックを背負い、その重みを確かめると、おもむろに歩きだした。  行くべき方向がわかる。なぜか、わかる。  暗い山の中を、迷いなく上り、下り、湧き水の細い川を飛び越え、ひたすら進む。  気にかかる方へ歩いていく。惹かれる方へ進んでいく。  確信がある。 (こっちに)  自分でも、なにがのか、わかっていない。それでも、不安は一切なく、むしろはやる気持ちのほうが強い。  不思議な感覚だった。  もし誰かが今の茂を見たら、恐れをなしただろう。  山の中を、わき目も降らず足早に進んで行く姿は、なにかに憑りつかれ、気が触れた人にしか見えなかっただろうから。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!

0人が本棚に入れています
本棚に追加