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はっと目を開けた。
まだ暗闇の中にいたが、茂は左右を見回した。
どうやらうっかり寝ていたらしい。それは仕方のないことで、体は疲れているのだ。
だが今の茂は、そんなことはどうでもいいようだ。
木の幹にもたれ、リュックを抱えるように座り込んだ姿勢のまま、目を開ける直前まで見ていた”夢”のような、”記憶”のようなものを思い出そうと眉を寄せた。
その”夢”のようなものを再び捕まえることはできそうにないのだが、代わりに、身の内から衝動のようなものが湧き上がってくるのを感じた。
茂は前方を見据えた。
(なんだろう、行ける気がする)
スポーツウォッチの針は3時を回ろうとしていた。
茂の頭は妙に冴え始めている。しかも、体は疲れているはずなのに、どこからともなく活力が湧いている。疲れすぎると妙に神経が高ぶり、ハイテンションになることがある。それだろうか。
いや。違う。
茂は、自分の胸の中に湧き上がる感情が、活力を与えていると感じた。
――帰ってきた。
――帰れる。
――懐かしの故郷。
喜びの感情。
茂に故郷はない。懐かしいと思うような場所もない。
そのはずなのだが、湧き上がってくる思いを、なぜか知っている。
”記憶”と言うには軽すぎる。
遺伝子レベルに刻み込まれている思い。脈々と受け継がれてきた願い。
茂は立ち上がった。リュックサックを背負い、その重みを確かめると、おもむろに歩きだした。
行くべき方向がわかる。なぜか、わかる。
暗い山の中を、迷いなく上り、下り、湧き水の細い川を飛び越え、ひたすら進む。
気にかかる方へ歩いていく。惹かれる方へ進んでいく。
確信がある。
(こっちにある)
自分でも、なにがあるのか、わかっていない。それでも、不安は一切なく、むしろはやる気持ちのほうが強い。
不思議な感覚だった。
もし誰かが今の茂を見たら、恐れをなしただろう。
山の中を、わき目も降らず足早に進んで行く姿は、なにかに憑りつかれ、気が触れた人にしか見えなかっただろうから。
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