12人が本棚に入れています
本棚に追加
お母さんに『よそはよそうちはうち』って言われたこと、一度はあるでしょ?文字通り言われた訳じゃなくても、そういうニュアンスの言葉とか、態度とか、されたことくらいあるよね。私は結構あるの。そして、そういうことを言われるとつい考える。『私が別の家庭に生まれていたらどうなってただろう』って。もちろん、私の両親からしか、私が生まれないってことは分かってる。私はもう13歳で、先輩と後輩との間を立派に取り持つ、中学二年生なのだから。
でも考えずにはいられない。
たとえば、クラスで一番人気のエイコちゃん。ツヤツヤの髪をひとつに束ねた学級委員長けん生徒会執行部。運動は苦手みたいだけど、勉強できるし、顔もかわいい。雑誌のモデルみたいな派手な可愛さじゃなくて、素朴な美人って感じ。あと、絵がプロみたいに上手なの。美術の授業では、エイコちゃんの絵がいつもお手本になってる。なのに美術部じゃないんだよ? 信じられる? もし、そんなエイコちゃんの家庭に生まれてたら、私も勉強ができて、かわいくて、将来は天才画家として生きていけたかもしれないのに。
あと、学年一の問題児コウダイ。すぐ先生にたてついて、授業中も寝てばっかりなのに、何でかテストの点数がいいの。正直ムカつく。ああいうのがいると、真面目に勉強してるのが馬鹿らしくなってくる。うわさだと、あいつのお兄さんは東京のシリツ大学に行ったらしい。よく分からないけど、多分すごいことなんだと思う。もし私がコウダイの家に生まれていたら、もっと真面目に勉強して、生徒会長とかになって、先生にも親にも褒められまくりの人生を送りたい。
いま、私が登校中にこんなことを考えたのにはわけがある。なぜなら、今朝お母さんとケンカをしたからだ。理由は私の好きなアイドルが出ているニュース番組をお母さんが勝手に『朝ドラ』に変えたから。私が怒ると「もう出る時間なんだからいいでしょ?」とか言うの。私はお母さんのこういう無神経なところが嫌い。子どもの頃は気づかなかったけど、最近はいわゆる『デリカシーのなさ』っていうの? そういうことが分かるようになってきて、お母さんとのケンカが増えた。
「ミズキちゃん家はさ、朝はミズキちゃんの好きなテレビ観ていいんだって」
当てつけに言うと、お母さんは目も向けずに言い返す。
「よそはよそ! うちはうち!」
よく中学生くらいの子どもが親に歯向かうのを『反抗期』っていうけど、私は『反抗期』って言葉で一括りにされるのは納得いかない。だって、それじゃあまるで子どもにだけ原因があるみたいじゃない?
そんなことを考えながら歩いていたら、学校が見えてきた。いつの間にか道に制服姿の人たちも増えていて、学校が始まるんだって気持ちがする。
「おはようございまーす」
校門の前にくると、単調な声であいさつをする人の列が見えた。生徒会の人たちだ。毎朝どの生徒よりも早く学校に来て、交代で『あいさつ運動』をしている。はじめてこれを見た時は「生徒会」という腕章を着けた人たちに出迎えられて、『中学生になったんだ!』ってドキドキした。今はスカートの短さを指摘されるんじゃないかってドキドキしてるんだけどね。
「おはよう、ございます……」
ふとひかえめな声がして顔を向けると、生徒会の列に並んでいるエイコちゃんと目が合った。エイコちゃんが照れたようにお辞儀をしたので、私も小さく会釈を返す。エイコちゃんとは、たまに話すくらいの仲だけど、誰にでも優しいエイコちゃんが私は好き。前に数学の問題が答えられない私の代わりに、エイコちゃんが手を挙げて答えてくれた。そんなエイコちゃんは当然モテる。だからエイコちゃんを嫌ってる女子も少なくない。私はエイコを悪く言う人は心が狭いと思うけど、エイコちゃんにも原因はあると思う。なんていうか、エイコちゃんはちょっと謙虚すぎるのだ。代わりに答えてくれた数学の授業のあと、「さっき、勝手に答えちゃってごめんね……」って謝られたときは少しびっくりした。
考えながらも、身体は染み付いたルーティンを自動遂行する。内履きに履き替え、2階まで階段を上り、廊下を進む。そして2年2組の教室に入ろうと扉を開けるなり、足元にサッカーボールが飛んできた。
「いたっ……!」
別に痛くなかったけど、反射的に言葉が口をつく。白いソックスにボールの泥がついた。最悪だ。
「パース……」
泥を払って顔を上げると、窓際のヒーターに腰掛けたコウダイとその取り巻きのナナミ、カホ、リコの4人がニヤニヤ笑っていた。私はボールを適当に前に蹴ると、自分の席へ向かう。
「大丈夫?」
そう言って駆け寄ってきたのはミズキちゃんだ。
「朝からずっとアレやってんの。小学生みたい」
「まじ? 靴下汚れたし最悪だわ……」
私は教科書を机に移しながら答えた。今日は朝から悪いこと続きだ。
そしてミズキちゃんに朝お母さんとケンカしたことを話した。ミズキちゃんは「お母さんヒドイね。うち録画したから今度みに来る?」と言ってくれた。持つべきものは友である。
「キャ……っ!」
短い声がして振り向くと、エイコちゃんがコウダイの洗礼を受けていた。しかも、わざわざ汚いボールを手で持ってコウダイに返している。取り巻き女子が面白そうに笑った。
エイコちゃんが戻ってきたということは、もうすぐ『朝の会』が始まる。つまり──
考え終わる前にガラリと教室の前の扉があいた。
「おはようございます。朝の会はじめますよー」
入ってきたのは担任のノノコ先生だ。ノノコ先生は教室の後ろに目をやり、すぐに視線を逸らした。たぶん、コウダイと目が合ったんだろう。
「みんな席についてー! チャイムなってますよー!」
ノノコ先生の声にみんなのろのろと自分の席に戻り始める。やっと静かになるころには、朝の会の開始時間を5分過ぎていた。
「それじゃあ、点呼をはじめます」
ノノコ先生は順番に生徒の名前を呼ぶ。みんな顔には出さないけど、やつの番が近づくにつれて、教室内の緊張が高まっていくのを感じていた。それはノノコ先生も同じだろう。そしてノノコ先生の口が怖々と開いたそのとき──
「せんせぇ」
好奇心と嫌悪感が混じった気配が、一斉に声のした方へ向いた。その矛先は、案の定コウダイだ。私は斜め前に座るコウダイの姿を横目に見る。コウダイは後ろの席の机にイスごと寄りかかり、イスの前脚をユラユラさせながらおもむろに言った。
「せんせぇ、いつ学校やめんの?」
コウダイの言葉に、取り巻き女子たちの含み笑いが続いた。ノノコ先生は耳まで赤くすると、次の人の名前を読み上げる。
「無視かよ……」
コウダイが勢いよく姿勢を戻すと、イスの脚がガタンッと鋭い音を立てた。ノノコ先生の肩が跳ねる。
かわいそうなノノコ先生。ノノコ先生は一年の頃も私の担任だった。そして今年の春に英語を担当しているナガタ先生と結婚して、「ナガタノノコ先生」になった。しかも「できちゃった婚」らしい。学校側は、そのことは私たちに隠しておくつもりだったみたいだけど、そういうのって必ずバレるの。結局、春休みが明ける頃には『周知の事実』ってやつになっていた。
そして、コウダイはこの事をネタにノノコ先生につっかかるようになった。こうなる前はノノコ先生もそれなりにコウダイを叱っていたのに、今ではすっかり萎縮してしまっている。
うちのクラスの英語担当がナガタ先生じゃないってのが、不幸中の幸い。じゃなかったらきっと、コウダイのせいで授業どころじゃないだろうから。こういうやつにも『お母さん』はいるのよね。一体どんな人なんだろう。なんてうっすら考えたとき、一限の予鈴が鳴った。
最初のコメントを投稿しよう!