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父は再びキッチンを強く叩いた。 ステンレスで作られた台はそれに応じて大きな音を放つ。 不快な音だった。
「ったく。 何を言っても駄目じゃないか!」
父は溜め息をついて金四郎のもとへ向かってきた。 そしてゲームをしている金四郎の頭を撫でる。 正直な話、先程のキッチンの台と同じ目に遭わないかと気が気ではなかった。
「ごめんな、金四郎。 朝からうるさくて」
「・・・」
金四郎は何も言わない代わりに首を横に振る。 それを見た父は微笑んだ。
「金四郎は本当にいい子だよ。 手のかからないお利口さんだ」
「・・・」
手がかからないではなくて、まるで空気のような存在。 褒められれば悪い気はしないが、どこか違う気がするのだ。
―――本当に僕ってお利口さんなのかな?
だが比較対象がいないためよく分からない。 両親共にそう言うのならそういうものなのだろう。
「金四郎は何かやりたいこととかないのか?」
「・・・特にない」
「そうか。 遠慮せずに言うんだぞ」
そう言われ再び父を見つめる。 目が合うと父は慌てるように視線をそらした。
「まぁ、できることは限られているけどな」
誤魔化すようにローテーブルにある新聞を手に取った。
―――・・・僕は知っているんだ。
―――お父さんたちは本当に、僕のことを思ってくれているということを。
「朝ご飯できたよー」
二人は喧嘩をしていたが、やることはきっちりとやる。 不愉快な状況でも食事の準備を怠ったこともない。 母の呼びかけにより三人で朝食を食べた。
だが両親は喧嘩中のため金四郎ばかりに話を振る。
「金四郎は何で遊ぶのが一番好きなんだ? お父さんに教えてくれよ」
「・・・」
特に金四郎は喋りたいわけではなかったためほとんどの会話をスルーしてしまう形になった。 だがそれもいつものことだ。 両親は金四郎が喋らないと分かった時はしつこく何か聞いてくることはなかった。
「金四郎はまたゲームをするのか?」
朝食を食べ終えた後テレビへ戻ろうとすると父にそう言われた。
「後でお父さんと勉強でもしようか。 お父さんが見ていてやるからさ」
金四郎は小さく頷いた。 金四郎の世界はこの小さな家の中にしかない。 玄関には内からも鍵がかかり開けることができないのだ。
―――外の世界はどうなっているんだろう?
―――出たいわけではないけど気にはなる。
興味本位でカーテンを開けてみたりするが当然のように親に止められてしまう。 金四郎は何気なく窓際へと近寄った。 背後からの父の視線が気になる。 金四郎を見張っているのだ。
―――・・・気にはなるけど、そこまでではないんだよね。
例えカーテンを全開に開けたとしてもそれだけだ。 窓は少々の隙間が開くだけの作りになっていて空調としての機能しかなかった。
「金四郎。 戻ってきなさい」
「・・・うん」
父に静かにそう言われテレビの前に座った。 だがこの日常が当たり前であるのだから不満を感じることも特になかった。 ゲームをしていればそれだけで楽しかったし食事も不足なく出る。
世間一般ではまともではない生活。 ただそれもそれを知らない金四郎にとっては当たり前の人生なのだ。
「金四郎はほしいものとかないのか?」
「・・・特にない。 それ、さっきお母さんにも聞かれた」
「あぁ、そうか。 ごめんな」
ほしいものも要望は聞いてくれるため不自由はなかった。 ほしいものがあれば大抵のものは与えてくれる。 外への憧れは少しあるが外出だけは絶対に許可されることがないため無駄だった。
「今日は日曜日かー。 勉強は午後からとして、午前中はお父さんと遊ぼうか」
「・・・うん」
「何のゲームをする?」
両親は優しく接してくれる。 両親の真実を知ってから居心地の悪さを感じていたが、今はもう慣れてしまい何も思わなくなった。
―――・・・今日も僕はこの狭い世界に閉じ込められるんだ。
そう思いながら金四郎は小さな部屋の中を見渡した。
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