盗まれたへそくり

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盗まれたへそくり

どこにでもある普通の一軒家に、どこにでもいる容姿の少年。 たがその境遇だけは普通でないということを少年は知らない。 日曜日の朝、10歳になったばかりの金四郎(キンシロウ)は二階からリビングへと向かった。 「あぁ、金四郎。 おはよう」 「・・・おはよう」 キッチンにいる母の銅乃(アカノ)に挨拶しカーテンを開けようとする。 たまには気分を変えて日光を、そのような思いは慌ててやってきた母に遮られた。 「あぁ、こらこら!」 摘まんでいたカーテンの端をギュッと握り締め、窓との間に滑り込む。 「金四郎、駄目だって何度も言っているでしょう? 外から丸見えになるんだから」 「・・・」 そう言うと母にカーテンを閉められ、特別に付けてある中央のボタンまで留められた。 こうなってしまっては無理矢理開けるという気分にもなれず、手持無沙汰な現状を何とかしようと辺りに目を向ける。 「顔は洗ったの?」 「・・・まだ」 「なら早く洗ってきなさい。 朝ご飯はもうすぐだから、それまでゲームでもして待っていてね」 それに頷くと廊下へ出ようとした。 その時母に呼び止められる。 「あ、そうだ。 金四郎、後で買い物へ行くんだけど何かほしいものはある?」 「・・・特にない」 「そう、分かった」 母はキッチンへ戻っていく。 金四郎は顔を洗うと母の言う通りにテレビゲームをして待っていた。 日曜日の朝からゲーム三昧であるが別に珍しいことではない。  寧ろ金四郎にとってはこれが普通の日常で、両親がそれを望んでさせているのだ。 ひと段落がつきなまった身体を伸ばしていると母が思い出したように言った。 「そう言えば今日、鉄花(テツカ)がこの家に来るみたいだから」 「・・・え?」 ある事情がありこの家に誰かが招かれることはまずない。 母の口調からしても呼んだわけではないのだろう。 「鉄花は私の妹ね。 その時は金四郎、上にいるのよ?」 「・・・」 「鉄花には『来ないで』って何度も言ったのに、しつこいんだから。 全く」 母はぶつぶつと言いながら朝食を作っている。 目玉焼きの焦げる匂いが鼻についたが、それより気になったのは来客のことだ。 ―――お母さんの妹がくる? ―――一体どうして・・・。 だがだからといって金四郎が何かできるというわけでもなく、ゲームを再開した。 しばらくゲームにふけっていると二階から父の銀彦(カネヒコ)がドタドタと降りてきた。  やってきて早々口から飛び出した言葉は小遣いの値上げ交渉だ。 「昨日の話の続きだけどさ。 俺の小遣いをもう少し上げてくれよ」 「またその話? 無理だって言っているでしょ」 父は母の隣に立ち料理の準備を遮った。 「何が無理なのか言ってみろよ?」 「こっちはたったの十万で一ヶ月をやりくりしているのよ? お小遣いを上げれる程の余裕はないの!」 父の小遣いは月に五千円らしい。 ちなみに生活費もろもろ必要なお金は全て父が稼いだ給料から出ている。 「今夜、会社の上司たちと飲み会があるんだって。 五千円だと足りないから!」 「それでも何とかして!」 その言葉に苛立った父はキッチンを力強く叩いた。 その音に金四郎は思わずビクリとしてしまう。 「そういうお前こそ無駄遣いをしていないだろうな!?」 「するわけがないじゃない!」 「節約して余った分は来月に持ち越せって言ったよな? なのにどうして毎月十万円きっちりなくなっているんだよ!」 「貴方たちに少しでも健康的で美味しいものを食べさせたいからよ。 こっちもちゃんと計画を立てているの! 一般的な額から逸脱しているわけじゃないし、寧ろ上手くやっている方なのよ。  文句があるならもっと稼いでから言いなさい」 二人の声が徐々に大きくなっていく。 二人の仲は日頃からいいとは言えず、口喧嘩などしょっちゅうだ。  もうゲームの音が耳に入ってこず、両親の言い合いがキンキンと頭に響き今すぐ耳を塞ぎたいくらいだった。 「じゃあせめて今月だけでも上げてくれよ! 今月は俺の誕生日があるんだし、特別にいいだろ?」 「それでも駄目! もう、金四郎の前でお金の話はしないで」 そう言うと母は父を押しのけ料理の準備を再開した。 少しでも金四郎のことを考えてくれているのは嬉しかった。 だが金四郎は知っているのだ。 母が父に秘密でへそくりを溜めているということを。   ―――・・・お母さんたちの言い合いは、いつまで続くんだろう。 両親のお金の口論はいつまで経っても決着がつかないということが既に分かっていた。
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