目覚めの囀り 

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その2です✨💓💞 「これ、どうやって外したの? 俺は正直自分では外せなかったし、宵の明星生も誰も太刀打ちできなかった。それに試してる時も俺が途中で苦しくなって.......。怖くて触らせるのも嫌になったんだ」  2人の手の間に触れている硬い首輪をヴァルの掌に押し付けると、ヴァルは昨晩の苦労を微塵も見せぬ態度をみせた。 「首の斜め後ろ辺りのお前からは鏡で見ても死角に入る位置に、2枚重ねになってる星飾りがあるんだ。一見互い違いにズレたように穴が空いてる。その隣の鎖はよく見ると隙間がある。飾りを動かして穴をの合うところを見つけながら隙間のある鎖を動かしていくと解ける。簡単に言えばそんな感じだ。所謂玩具の知恵の輪と同じ要領だな。でもお前の側からは無理だ。出来るかもしれんが逆手で解くのは難しいし、途中で首が締まるかもしれないからな」 「玩具.......」  その一言で自分がチョーカーを取り付けた相手からどんな程度に扱われていたのかと知り、ショックを受けた。 ヴィティスが項垂れて大人しくなったので、ヴァルは慰めるように分厚い掌で黒髪のサラリと撫ぜた。 「これ付けたやつはお前になにか言っていたのか」 「.......解いて欲しいのなら傍にいろって、帰国してもすぐに戻って来いって」 (留学先……。お前を苦しめた奴のこと、お前は好きなのか? それとも疎ましく思っていたのか?) ヴィティスの憂い顔の原因がわからずヴァルは苛立ったがそれを即ヴィティスにぶつけることをぐっと我慢をした。  何しろヴァルはその醸し出す雰囲気から日頃はただ立っているだけでも、女生徒はおろか男子生徒からも恐れられ遠巻きにされることが多い。 ヴィティスに愛情を傾け始めたヴァルは、出来れば彼に嫌われたり恐れられるようになることをなるべく避けたいところだ。 しかしそれきり黙りこくったヴィティスにチョーカーの贈り主のことを詰問したい衝動をこらえるのはまたそれはそれでまた大変だった。  今まで他人に対してこれほどの興味関心を覚えたことのなかったので、自分の気持ちをもてあましてしまって上手く言葉に繋げない。こんなもどかしい気持ちは初めてだ。  代わりに行動で示そうと、ヴァルはまだ膝の上で所在なさげにもぞもぞと尻を動かすヴィティスの細い胴に太い腕を回しぐいっと自らの身体にヴィティスの背中を押し付けるように抱き寄せた。 「うわ! 待ってヴァル!」 ヴァルとしては優しく抱擁をしているつもりだったか、かなりがしっと掴んで動きを封じてくる。  ヴィティスは成すすべなく逞しい腕の中に囚われてまた大人しくなった。 (暴れて抑えられた時も青船の中で押し倒された時も、ヴァルはかなり手加減して俺に触れていてくれたんだな)  ヴィティスがすっぽりと収まるヴァルの広い腕の中は存外心地よくぽかぽかと温い。子どもの頃、身体の大きな祖父の硬い膝に載せられて時のことを思い出した。  こうして腕に抱かれて花のような甘い香りを嗅いでいると心底安らげた。帰国してからのこの数か月の憂いが鎖と共に引きちぎられ、自由に吸い込める呼吸で存分に味わいたくなる。このがっしりした本人に似つかわしくない愛らしい花の様な香りには覚えがあって、多分ヴァルのフェロモンのそれなのだろう。 あまり吸い込みすぎると昨夜のように酩酊してしまうと思って警戒するほどに馥郁とした心誘われる香りなのだ。うっとりと目を瞑りこの腕に全てを委ねたくなってしまう。 力の差も体格差も歴然とした相手と指を絡ませたまま、ヴィティスは陶然と瞳を閉じる。  ヴィティスの身体から力がほどけるように抜けていくのを感じて、ヴァルは胸に疼く恋情を抑えきれず、手の甲にも指先にも続けて口づけていく。  ヴィティスは思わずふるっと身体を震わせて、ヴァルの腕に子猫のように爪を立てた。 「ねえ、そういうのやめろよ」 「……どうして?」  また頬が触れあるほど近くで囁かれ、男らしく低い声にもぞくっとなってしまう。今まで男に対してそんなふうに感じたことがなかったヴィティスは自分の変化にも驚いていた。 (1回ぐらい寝たからって.......。こんなふうに相手を意識するものなのか? やたらこいつの動きに反応してさ、なんなんだよ。俺。格好悪すぎだろ)  1回ぐらいなんともないと別に発情期でなければ妊娠することもないしなど思いこもうとしていたが、やはりそれは無理な話だ。何しろヴィティスは正真正銘、ヴァルといたすまで清い身体をなんとか守ってきたのだから。 「距離が近すぎる……。ぞわぞわってなるから。そもそも俺たち恋人じゃないし」  恋人ではないが、自分でもしらなかった身体の奥深いところで互いを確かめあった。求められ与えた時に生まれた情動。それらを全て否定されたようでヴァルはギリっと歯噛みした。 「……そうだな。あんなことまでしたのに、俺たちは恋人でも何でもない」  自分でそう切り出したくせにヴィティスもその言葉に僅かに傷ついた。  ヴァルにはもしかしたら他に思う人がいるかもしれぬのに、ヴィティスを救うために抱いてくれたのだから。 ヴィティスはこうしてこの腕に抱かれ守られている資格がなく、これは他の誰かのものかもしれないのだ。  その可能性も十二分にあると思い至ったから、それが哀しいのだ。 (自分で言っておいて自分で傷ついて。身勝手すぎて、俺って馬鹿みたいだな。自分の気持ちをこんなにもわからなくって制御できないなんて……)  それこそがまさに恋の始まりなのかもしれないのだが、そこにはまだ気づけずにいるヴィティスは、後ろにいるヴァルがどんな顔をしているのかもわからず不安に思った。 「助けてくれたのはすごく、すごく嬉しかった。ありがとう」 「それは何? 何への礼? お前のフェロモンに惹かれて寝たこと? それともこの忌々しい首輪を外したことのほうか?」 「……どっちもだよ。でももう、寝た方は事故だったってことで、忘れてくれるとありがたい。本当に申し訳なかったと思う。好きでもないやつのこと抱かせて……」 「俺のことはいい。それよりお前こそ大丈夫なのか?」  ヴァルは想う人がいるかもしれぬヴィティスが本能に操られてヴァルと寝たことを気遣っていたのだが、ヴィティスはそれをそのまま激しい情事のあとの身体は大丈夫なのかという意味に受け取っていた。  もちろん初めての相手は愛し合った人と、というロマンティックな想いはないでもなかったが、こんな厄介な体質になってからは、どこかでこんな事故が起こった場合も頭に入れ、腹は括って生きてきたつもりだ。  そんなところはヴィティスは咲く花よりもるわしい見た目からは想像が付きにくいほど、非常に潔くて男らしい性格なのだ。 「俺も男だし……。身体はどうってこともない」 「どうってことも?」 (やはり初めてではなかったのか? ああして男を誘うことがこれまでもあったっていうことなのか?)  ヴァルは突如胸に去来したどす黒い焔を消すことができず、苦々しくその言葉を舌先で転がすと、チョーカーを荒っぽい仕草で床に投げ捨てた。  そして腰まで届くヴィティスの長い長い髪をはらって前に垂らさせ、項を露出させる。  そこに首輪の痕がついてしまっていることに眉を顰めながら囁いた。 「なあ、又歌ってくれない? さっきのやつ」 「え……?」 「あの歌で目が覚めた。女神の御使いでも俺の元に舞い降りてきたのかと思ったな。いい声だった。今まで聞いたことがないような、ああいうのはなんだ。何の歌だったんだ?」  そう催促をされると恥ずかしくて歌えなくなるのがヴィティスの性分だ。抱えられた太い腕に自分の細い腕をかけて凭れ顔を伏せた。 「あれは俺の故郷の山里で、大地の女神に感謝するときに一族の巫が捧げる歌だよ。ありがとうって思ったら歌いたくなったんだ。でも気軽に歌うようなものじゃないし……」 「さっきは邪魔が入って堪能できなかった。もう一度聞きたい」 「歌はもう、いいだろ。今度なにか必ずお礼をするから。首輪を外してくれてありがとう。俺のフェロモンのせいでヴァルに無理やり俺を犯させた。いや……。この場合俺がお前を犯したってことだな。それも本当に、すまない、です」  どんどん声が小さくなって項垂れるヴィティスの項に魅せられて背後では吐息がかかるほど間近な位置で、ヴァルが牙をむき出しにしていることなど知る由もない。  健康的な薄い褐色の艶めく肌に眩惑され、ついにはこらえきれなくなり、ヴァルは唇を敏感な項に押し当てじゅっと吸いついた。そのままチョーカーの鎖の痕が赤く残った部分の舌を蜂蜜でも舐めとる様にねっとりと舌先を這わせる。 「きゃうっ!」 変な声を上げてしまった自分に驚いてヴィティスは足を幼子のようにばたつかせて暴れはじめたが、当然ヴァルの腕力の前に逃れることなどできはしないのだ。 「やあ! やめろ。それ、ぞわぞわするから」 「……」 「やめてって、お願い!」 「……歌えよ」  低い艶やかな声で命令されたことが、腹立たしいのにどこか甘美な気持ちになって胸の奥が疼くことにヴィティスは驚いた。  一瞬項に歯を突き立てられ、前が兆してしまいそうになってヴィティスは息をのんで、その後小さく喘いで前のめりにくたりとなる。   「さっきの歌じゃなくてもいいから、歌って。歌わないならこのままずっと……」 「う、歌うから……。歌う!」  もはや涙目になって自棄のように喚くと、ヴァルが一度腕を話して向かい合わせに座りなおされた。 手は仲の良い恋人同士のように相変わらず繋いだまま、獲物を眺めるような危険な瞳でヴィティスを眺めて尖った犬歯を舌で舐め上げる。  ヴィティスはその目に竦んだまま、しかし一度瞳を閉じると目がしらに力を込めて暮行く空をを映したような美しい瞳でぎんっとヴァルを睨み返した。 「怖がらなくていい。噛みついたりしないよ?」 「……こ、怖がってなんかない」  やや青ざめたヴィティスの様子を見て、意地の悪いことにようやくくすりと微笑んだヴァルはこう注文を付けた。 「俺の目を見ながら歌ってくれよ。あの歌」 「あの歌?」  身を屈ませてヴィティスの耳元で囁いた題名は、女性が愛おしい男への秘めた気持ちを歌った一昔前の流行歌だった。 「知らない? この歌」  印象的なフレーズをヴァルが唇に乗せると、確かに聞き覚えがある。流石に誰でも知っているような歌だったが、甘く切ない恋の歌であるそれを自分が歌うと思ったことはないから恥ずかしすぎる。 「やっぱり大きな声じゃなくていい。俺にだけ聞こえるように歌って?」  兄に聞かれるのが気に触ったと思い出し、再びぐいっと首ががくがくするほど強く引き寄せられて、耳に唇が付くほどの距離で囁かれながら、肩に顎を載せられた状態で抱きすくめられた。  非常に不安定な姿勢ではあったが、ヴァルが軽々とヴィティスの腰と背中を支えているので苦しくはない。  苦しくはないが猛烈に恥ずかしい。だがこのまま許してはくれなさそうだし、何より自分はヴァルに恩義があることは確かだった。  ヴィティスは覚悟を決めるとヴァルの分厚い鎧を着こんだような身体を背中に向かっておずおずと手を伸ばして自分も彼に抱き着く格好となった。  ヴァルに顔を見られるよりはと指先で彼の頭をそっと抱えて、歌声は密やかに、しかし彼が一度で満足できるように切なげに。  耳元で囁くとたまに耳に唇が当たり、何故だか官能的な気持ちになってしまって思わず吐息を漏らした。  それが引き金になったのか……。  ヴァルがヴィティスの腰と頭に腕を回すと一息に彼を寝台に押し倒してきた。  真面目に歌を続けようとした唇を丸々塞ぐような激しい口づけに吐き出す声事貪られる。 「ヴァル! 歌」 「……やっぱいい。もっといいものをもらう」  起き抜けの敏感な身体をぐりっとヴァルの欲望で擦り付けるように刺激され、殆ど半裸に近いような格好でいたヴィティスは胸元まで一気にシャツをまくり上げられる。そのまま手首をそのシャツでぎゅっと縛り上げられてしまった。 「ヴァル! 待てって! いきなりなんなんだよ? もういいから! 俺としなくたっていいんだって」  まるでいうことを聞かない大きな犬のようなヴァルを脚でげしげしと蹴りつけるがビクともしない。 むしろ捉えられた足の指を見せつけられるようにべろりと舐められて、恥ずかしくて身動きを止めてしまった。その上兆してしまった自らを隠すこともできずにヴィティスはパニックになり、脚を閉じようとしたがヴァルがもう片手でふくらはぎを易々と掴んできた。  そのまま片手で器用に自分のシャツの前を開くと逞しい胸筋を晒し、紐を緩めてジャージ素材のズボンを腰骨まで下ろす。勢いよく飛び出してきたのは天を着くほど勃ち上がったヴァル自身で、明るい中ではぎょっとするほど長大で色合いもまるでヴィティスとは違う。それを無造作に手でしごきながら片膝で経ち、ヴィティスを見おろしてきた。 (喰われる!)    ヴィティスはそう思わずそう叫びそうになるのを何とか飲み込んだ。  ぺろりと長い舌で唇を舐める野性味あふれる仕草がまるで狼が舌なめずりをしているような幻影が浮かぶほどで、ヴィティスはごくりと生唾を飲み込むと恐ろしくて腰をよじって上へ上へ逃げようとする。  ヴィティスの見た目よりずっと筋肉質だが細い身体は異国の雰囲気さえ醸す肌の色と相まって独特の艶めかしさがある。呼吸するたびフルフルと揺れる胸の飾りに誘惑され胸元に唇を寄せていったら、荒くなったヴァルの熱い息だけで先に立ちあがる感度の良さだ。  気を良くしたヴァルが乳首ごと周りを噛むと、くっと喉元を鳴らしてからヴィティスが渾身の力を振り絞ってヴァルの腹を膝で押し返してきた。 「なにすんだよ!」 「いやか?」 「い、嫌っていうか……」 (なんで急にこんな強引なんだ……) 「ならいいだろ? お前にあんな首輪をつけた奴のことなんて今すぐ忘れちまえ」    ヴァルが切なげともいうべき唸り声をあげたことに、ヴィティスは一瞬動きを止めて、菫の花にも似た瞳でまじまじとヴァルを見上げてしまう。 (忘れるも何も……。あいつは……) 「あいつは.......」 言いかけた答えを聞こうとヴァルが身動きを止めて見下ろしてきた時、再び扉がどんどんどんっと激しく叩かれた。 「ヴァル! 食事の支度出来たよ~」 あまりにも脳天気な兄の声に流石に2人とも居心地が悪くなって身を起こしたのだった。      
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