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強い男 1
☆ちょっと長いので二本に分けて更新します~ 久々のヴァルとヴィティスです。
あとから食卓に着いたヴァルやヴィティスが朝食のパンをかじっている間、先に食事を済ませていたシリルとブラッドはルビーの最近の学校の様子を聞いては絶えず賑やかな笑い声をあげている。
「女の子たちがさ、ずっと『ルビー君、可愛い』ってちやほや仲良くしてくれてたのに。僕がΩだって分かったら急に掌返したみたいに冷たくなってさ。逆に今まで友達だって思ってたやつらが妙にデレついて話しかけてきて、ほんと嫌になるよ。全然態度が変わらないのはダヤとブラントとシリル兄さんたちぐらい。でもさ、大抵の男はにこって笑ってお願いすれば、みんな言うこと聞いてくれるから楽ちんだけど」
ペロッとサクランボのような赤い舌を出して愛らしく笑うルビーに、ヴァルは困った奴だろ? とでも言わんばかりにヴィティスと顔を見合わせてから口を開いた。
「ルビー。男を舐めてかかっていると、いつか痛い目を見るぞ」
「平気だもん。ヴァル兄さんのこと『番候補』っていってるし~、いざとなったらダヤが助けてくれるもん」
「ダヤはお前の家来じゃないんだぞ?」
「何言ってんの? ダヤは僕の家来だよ?」
こんな風に小さなころからつるみ続けている穏やかな幼馴染を顎で使っていることにも、年長者たちにしてみたら危うげだなあと思ってはいるがお構いなしのようだ。
小さな頃はどちらかといえばルビーの方が身体が大きいぐらいだったし、勝ち気な彼の方が何かにつけて華奢で可愛いダヤを護ってあげていた。
しかし子供の成長は目覚ましく彼も今では長身で目元涼し気な男前なった。時折ジルが在宅中にも家に遊びに来るが一瞬誰だか分からないほどだ。
昔からそれこそ家来のようにルビーはダヤに甘えきって我儘三昧だが、ダヤは嫌な顔一つせずにルビーの世話を焼いていて、惚れきっていることは誰のから見ても明らかだ。今は発情期前だが、いつかダヤが大爆発をするのではないかと親や従兄弟たちは気が気ではない。ダヤばかりでない、他の少年たちに対しても言えることだろう。ルビーには仕草や言動で男心を焚きつける、フェロモンよりもさらにぐっとくる狂おしい魅力があるのだ。
だからこそ、ヴァルはルビーが『番候補の二番手はヴァル兄さん』などと公言していることを見て見ぬふりしている。それが女神教会の護符よりも正しく作用し、びびるような男たちからルビーが守れるならば越したことはないのだ。
「女の子たちからしたら愛らしいお前は最早ライバルみたいにみえてるんだろ? でも、なんだかんだといって、その項保護のチョーカー、うちの百貨店に家族で買いに来たもののままだな? 結局まだ恋人も番候補はいなんだろ?」
揶揄いが滲んだブランド言い方に、勝ち気なルビーは今度は目を三角にし、唇をとんがらせて抗議する。
「恋人も番候補は沢山いすぎて絞れないの! 高等の人たちだって僕のこと、『薄明祭』に一緒に行かないかって誘いに来るんだからね?」
「ああ、もうそんな時期か」
思わず小さく呟いたヴィティスにヴァルが大きく頷いた。
秋に行われる『薄明祭』は広大な同じ敷地内にある中高大、すべての学部が一斉に行う学校創立祭のことだ。中等年学校、校内では略して「中等」は式典のみ参加、高等教育学校略して「高等」のものたちは他校との運動文化交流、「大学」のものたちは祭りの際に出店する業者の選定から行事の進行など、全ての祭りの総指揮をとって祭りを盛り立てる。大学生のシリルやブランドも勿論、その祭りの実行委員側に回っている。ヴィティスは今まで式典ぐらいしか参加したことがない。上の学年の人々がお祭り騒ぎをしている様子は楽しそうだなあと興味はあったが、だからと言って音楽劇を見に誘われたこともなければ交流戦に応援にいく相手もいなかった。だが今年は……。
(ヴァルは……。リコの試合に出たりするのだろうか)
それならば見に行ってみたいと思った。ヴィティスを助けてくれた時の力強い姿、情熱的にヴィティスを求めたあの肉体美が躍動するところを見てみたい。しかし少しはしたない記憶も思い出してヴィティスは頬を染めて僅かに俯いた。
「せっかく薄明祭に行くのに、鍵付きのパパチョーカーつけたままなんてかっこ悪いでしょ? ヴァル兄さんたちの学校ではさ、Ωはみんな恋人から贈られたチョーカー身に着けてるんでしょ?」
「パパチョーカーって、お前な、ルビー!」
ブランドの父の経営する信頼と伝統の老舗百貨店を利用するのが常であるアドニア家であるが、若いルビーにはヴァルたちが通う高等教育学校の学生たちが、恋人や番から贈られる鍵付きでない流行性の飛んだチョーカーが羨ましくて仕方ないのだ。
「僕まだ発情期来てないし、抑制剤も飲み始めてるから要らないって思うけど、やっぱブランドのとこの百貨店の鍵付きの奴してる方が万が一の心配ないって、リオンママも煩いから。家以外では絶対に外すなとかさ、心配性なんだよね~ シリル兄さんのとこの叔母さんは全然うるさくなさそうなのに」
「おい、シリルたちとΩのお前では同じに考えては駄目だ。チョーカーは堅牢に越したことはない。ルビーに恋人なんてまだ100年早い!!」
「はあ? 百年たったら僕、皺皺のお爺ちゃんになっちゃうでしょ? 大体さ、番候補ぐらい辺りをつけとかないと、いい人はどんどん番作っちゃうだだからね?」
「おいおい、ルビー。ほら、滅多なことをいうと、ジル叔父さんのこめかみに青筋が立ちっぱなしになるぞ」
「ふふっ」
こうも明るく自分の変化を受け入れているルビーの逞しさと、皆とのやりとり微笑ましくてヴィティスが口元に指先をこつんと当てて笑うと、ヴィティスの横顔をじっと見つめていたヴァルが視線に気がつく。
目が合うと『にかっ』と快活に微笑んでくる。日頃校内では孤高の戦士の如く厳つく佇む、彼の年相応の表情に思わず目を奪われた。
(ヴァル、なんだか、嬉しそう?)
ヴィティスが思いのほか個性豊かなアドニアの家の面々の中に溶け込んでいることをヴァルが好もしく思っているようだ。彼はきっと家族を大切にしている男なのだろう。笑うと垂れる大きな瞳などいっそ可愛く魅力的だなとか、うっかり絆されてしまいそうになる。
(さっきは猛獣みたいに襲い掛かってきたくせに、こんな懐っこい笑顔見せてきて、拍子抜けするな……。一体どっちが本当のお前なの? ああ、首輪が外れたってだけで、世界がまたすっかり明るく輝いて見える気がする。俺も案外単純だな……)
光あふれる食堂でこうしてくつろいだ雰囲気の中ハーブティーをいただいていると、ヴィティスは心穏やかに昨晩の出来事がまるで夢の中の出来事のような気さえしてくる。
(こういう団欒は……。ドリの里か、ハレヘに帰った時みたいだ)
学を志す年齢となってから、家族と離れ中央の静謐としたモルス家や留学先で暮らしてきたヴィティスは、今となっては濃密な人の交わりの多い里が苦手だ。しかしこうして一人離れているとたまに恋しくなることもあった。
(俺が急に外れない首輪なんてして帰ったら……。ドリの里では上に下への大騒ぎだっただろうな)
思春期特有の意地を張ったヴィティスは年老いた祖母に悩みを打ち明けられぬまま、今の今まで悶々と首輪のことで悩む日々を送ってしまったのだ。
無意識に首元に手をやっていた時、ヴァルの父、ジャンニの眼鏡の向こうの深い皺の刻ざまれた知的な瞳に僅かに険しさを増した気がした。
のんびりとした優しい時間が過ぎていったが、ジャンニが全員を見回して髭を撫ぜ付けながら穏やかに微笑んだ。
「さて。ヴィティス君。君とはちょっと話をした方がよさそうだね。私とジルと……。差し支えなければヴァルに事情を話してはくれないかい?」
「……」
(そりゃそうだよな……)
自由闊達に見えたアドニア家だからこのまま首輪のことを不問にしてくれるかと思っていたが、流石にそうもいかないようだ。これほど迷惑をかけてしまったら、家の主に事情を話さなければならないだろうとヴィティスは艶々と長い黒髪をさらりと揺らしてややしょんぼりとしながら深めに会釈をした。
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