青船

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青船

☆ファンタジー異世界のDK同士。いい相棒になるといいなあ。叔父と父のように💕  叔父さんとお父さんが活躍する「香りの献身」「愛されΩになる方法」もよろしくお願いいたします。 「お前! 放せよ!」  誰だ?! とまでは聞かれなかったのは、ヴィティスが暴れながらも自分を羽交い絞めにする相手が同級生と見知っていたからだ。  目が合うと怜悧な美貌を損なわぬまでも、迫力ある顔で睨みつけてきたが、気迫と闘気の世界に日頃身を置いているヴァルはいつも通りの平静さをまるで崩さなかった。そのまま地面に伸びた5人に声を張り上げた。 「おい、お前ら。動けるか?」  なんとか一人が応じたように身体を起こそうとしたのでヴィティスが再び飛びかかろうとするのを、ヴァルが鍛え上げた太い両腕を回してがっちりと固めて身動きを封じた。  飛び出そうとする瞬発力は対戦相手のタックルと同じぐらいの素早さで正直舌を巻く。  力をかなり籠めないととても制することができそうになかった。この華奢な身体のどこにこんな力があるのかと思うが、ほっそりしたなよやかな見た目に見えて、思った以上の重量感のある身体はきっと柔らかくも剛健な筋肉で覆われた戦闘に適した体格をしているのだと思った。 (祖先に獣人の血を引くっていう、フェル族の選手と対戦したことがあるが、こんな華奢でも力を存分に使えるものは瞬間、爆発的な膂力の向上を起こせるのか?) 「こんな華奢なオメガにしつこくした上に返り討ちにあったなんて知られたら、名高い宵の明星生の恥だよなあ? 俺がこいつを連れて離れるからその間にエロースを介抱してやれ。あと、あることないこと吹聴したら、俺が洗いざらいこのことを喋っちまうからな?」  エロースと共にヴィティスとジルのクラスメイトであるテナは制服の袖口が汚れた情けない姿のまま、腕を上げてひらひらと振って応じたようだ。 「この馬鹿力!! アドニア! 放せ! 放せよ!!! あいつらに思い知らせてやるんだ」 「ヴァルって呼べよ。ほんと、血気盛んなやつだな。エロースのあの態度はよくなかった、だがもうあれだけ痛めつけたら十分だろ。とにかく今はあいつらと距離を置くんだ。このまま運河の方まで降りるから大人しくしてろ」  まだ大暴れする元気があるヴィティスが足をなんとか地面につけようと足をばたつかせるが、ヴァルとの体格差は大きくぶらぶらと宙を切るままだ。  華奢で繊細そうに見える見た目に反して、身体にバネが入ったような身体は強靭そうだったが、それでも年上の屈強な男たちと組み合うことも多いヴァルは粉袋でも担ぐように軽々とヴィティスを肩に乗せると、意気揚々その場を大股で立ち去っていった。  ヴァルの顔と明るい金髪が落ちる直前の夕焼けに赤々と照らされる。ざわざわと木々を風が渡り、一部が黄色く紅葉した葉を揺らしていく。  静かな小道を歩いているとヴィティスが大人しくなったのでヴァルは彼を地面には降ろさずに背と膝裏に腕を入れて顔の見える横抱きに抱えなおした。  顔を覗き込み、目を合わそうとしたがヴィティスは艶美な貌に似合いのつんっとした表情を見せて顔を反らし、むっつり黙り込んでいる。  しかし夕陽を浴び照らされた顔はエロースたちがしつこく絡むのも納得の美麗さだった。 (間近で見たら流石の美人だな。それが5人相手にあの大暴れ。でも喧嘩慣れはしてない。本能で動いている。まるで野生児だな。なんか面白い奴)  日頃人への関心が乏しめのヴァルをもってしても、心揺さぶられるあの躍動感あふれる姿。正直、手合わせしてみたいと思うほどだった。  戦闘スタイルは立ち技よりもリコの選手として寝技がより得意なヴァルとはまた違った動きで、粗削りだが自身の身体の可動域を存分に活かした野性味あふれる戦い方だった。 (あれで結局おっとりしているエロースなんてとても太刀打ちできないな? 暴れ馬より手に追えそうもない)  艶々と揺れる長い黒髪が風になびき、ヴァルの鼻先を擽るのがこそばゆい。その上髪からまるで美しい調べが聞こえるように、甘く馥郁とした香りが漂ってくる。  その香りを身体が求めるように深く吸い込むと、何故か胸の奥が熱く狂おしくなる心地になる。 (オメガの芳香ってやつか……。まずいなこいつ抑制剤ちゃんと飲んでるのか? それとも興奮して体温が上がっているせい?)  ヴァルとてオメガの学生のいる学校生活を送る上で抑制剤は服用しているが、成長期の身体に負担をかけぬ低用量の型に留めている。  それでも飲み忘れたことがないのにこれほどわかりやすく香るということは、今、相当ヴィティスのオメガのフェロモンは強まっているということだ。  あまりに密着したこの状態でずっといるのは危険だと思ったのだが、そっぽをむいている癖にほっそりとした形良く長い腕をヴァルの筋肉質で太い首に伸ばし、縋るように我が身を支えてくるヴィティスをとてもおろす気になれなかった。  熱い身体は興奮冷めやらず小刻みに震え、それは武者震いが収まらないせいかそれとも恐れのせいかヴァルには判じることが難しかった。 「カッカすんな。喧嘩はよく見てやれよな? 止めようとしてるテナまでぼこぼこにしやがって。綺麗な顔して怖ろしい奴だなお前は」  何か気の利いた言葉をかけたかったがうまくいかない。ヴィティスは苛々した声で言い返してきた。 「煩い。顔は関係ないだろ! 大体お前、邪魔しやがって。家族を愚弄されてそのままにするなんてドリの男がすることじゃない」  静かに見えたがそんなことはなかったのだろう。見上げてくる眼差しは逆巻く炎の中心のように黄金の煌きを反射させる。  今頭上に広がる黄昏時の空のように赤と青とをうまく交らせたような瞳全体に、どういう仕組みか今は金の環が広がっている。それが見たこともないような美しい色彩を力強い眼差しに宿している。  すんなりとした形良く整った鼻。そこだけ彼が作りものではなく生き物であるとよくわかる、肉感的で艶めかしいぷっくりとした唇。長い睫毛を反らせて睨みつける眼光の鋭さ。 (月光なんて穏やかなものじゃないな。天上全ての色彩をかき集めてこの身を作ったような雄大すぎる美の結晶だ。美しいのに、艶めかしくて。……むしろそそる)  芸術を愛する一家で生まれたため、知らず身体に染みこんだ美しいものを愛でる心を刺激されまくり、暫しヴァルは言葉を失い、細いが大いなる力を秘めた身体をもう一度大切に抱えなおした。 「ドリのフェル族の男が勇ましく誇り高いことはよく知ってる。この国を裏からも下からも支え続けた守護神だ。だがな、力の差がある状態で相手を一方的に痛めつけるのがドリの流儀だとは俺には思えない、違うか? お前は強い。あいつらを一時は下した。それで十分だろ?」 「一時は? 完全勝利だろっ?」  言葉尻を捉えてまた眉を吊り上げたヴィティスは興奮から真っ赤な顔をして喘鳴と声を荒げた。  熱い指先がヴァルの首筋を引っ掻くように捉えて艶めかしい刺激にその熱が身体全体に伝わって高まってきそうだ。  しかもこの漂い続ける甘く誘惑を繰り返す堪らぬ妖艶なフェロモン。 「分かってんのか? お前、フェロモンがすげぇ匂ってる。あいつらのうち二人はアルファだぞ。もしさっき仕留め損ねててあいつらがすぐ起き上がってきたら、そのままラットを起こすかもしれない。たとえ腕が折れてたとしても痛みなんて感じない興奮状態に陥って、嫌でもお前を自分のものにしようとするだろうな。あいつらに押さえつけられて犯されたとしても学生同士なんていいとこ事故で片付けられるかもしれなんだぞ。止めるためにはお前はさらに大暴れして、あいつらを戦闘不能まで追い込まないとならなくなる。そしたら流石にやりすぎだって結局お前が責められる。なんの利益もない」  しかしヴァルの話にヴィティスは応えることができなかった。 「ああっ……」  身を縮めて苦し気に喘ぐヴィティスから、さらに秋に咲く香りの強い花の様な圧倒的な色香零れる香りが迸ってヴァルを翻弄しようとする。  ヴィティスがおもむろに頸に縋り付いていた片手を放すと上着の裾をまさぐって、必死な様子で足の間をしきりに気にし始めたからヴァルも流石に気が付いてしまった。 (嘘だろ? ヴィティス、エレクトしてる? )  ヴァルは瞬時に心臓を叩かれたかのように衝撃を受けて、がるるっとでも聞こえそうなほど、大きく唸ると、ヴィティスを抱える腕を強めて駆け出した。  身体が大きい上に多分中央中の学生を集めてもトップクラスの俊足を誇る。ヴァルが、ありとあらゆる競技から引きが大きい理由の一つだ。その脚を活かしてとにかく学校から離れようと速度を速める。  ようやく時計塔からさらに離れ、高台にあった学校の敷地を出て長い石段を下り、運河に出るための細い家々の船を繋いだ通用路にでた。  ここは暗くて足を振り外せば真っ逆さまに落ちてしまいそうになるから、流石に怖ろしさに身をすくめてヴィティスは再びヴァルの首に齧りついた。 「……ヴィティス、お前、それ収まんないのかよ?」 「……っ、ヴァル、お前こそ、この香り!! とめてくれよ」 「俺の香り? でてるのか?」 「ずっと出てる! 可愛い花みたいな香り! お前みたいな厳つい奴に似合わない果物みたいなやつ!!」 「はあ? お前こそ止めろ! なんとかしろ」 「できないぃ! 獣性を使うとこうなるんだよ。いつもはすぐ収まるのに!! お前がいるからだろ。アルファだから!」 「なんだそりゃ! エロすぎだろ」  ゼイゼイ言いながらヴィティスはどんどんとヴァルの厚みある胸を片手で叩いてきたが、ヴァルもちょっとした興奮状態から逃れられそうもない。 あろうことかヴァルまで股間が重たく熱くなってきていてとても人前に出られそうになかった。 (この香り、やばい、くらくらする。とにかく……。できるだけ人気の少ないところで落ち着かせないと。ってかこういうのは落ち着けられるのか? 俺こそ落ち着け!)  大きな運河に出ると、そこからヴァルはできるだけ学校から離れた地域に出ようとヴィティスを抱えたまま駆け出していった。  頭の中の地図で実家の別宅がある地域にできるだけ寄せていこうと考えていたのだが暗いのとこんな場所まで用もないのに来たことがなくて方向感覚が狂いまくる。  高台から続く学生街の陽気な街並みとは違い、表通りには古書店や古道具屋、そして運河には宿泊を兼ねた船が泊まる薄暗くも妖し気な気に雰囲気の場所に出る。 どれくらい走っただろうか。 運河の分岐点を何度か曲がり、また戻り、簡易宿泊所を兼ねた白っぽい船に交じって青く塗られた船にさらに赤い艶めかしいランタンが灯った船がぽつんぽつんと増えてきた。  元より地方から出てきた学生が泊まれるような安めの宿があった地域であるが、運河というのは昔から別の使われ方をしてきた仄暗い歴史がある。 (白船! 青船!)  白船は今でも金のない若者が中央観光の時に泊るような船だ。  何人かで雑魚寝もするし、大体夜中も出入りが自由。  だからこんなフェロモンがギンギンに漏れ出したアルファとオメガが確実に二人きりになれる船といったら青船の方だろう。  制服を着たままの後ろめたさも吹き飛んで、ヴァルは明かりがまだ赤い灯りが灯っておらず、青いランタンが灯った船を目指す。つまりはまだ客待ちの船ということだ。  青船は船の前に置かれた綱についた呼び鈴を大きく鳴らせば、近くにいる係員がやってきてくれる。  少し離れた場所に停めてある船までを運河の石畳の縁から長い長い戸板を渡して乗りこませてくれる。  戸板は時間が来るまで外されたままになるから、鍵をされたのと同じだ。つまりは中央の恋人同士がひと時の逢瀬に為に使う船。  ヴィティスの苦し気な中にも甘い嬌声が混じる悩まし気な声にあてられながら、ヴァルは綱の上についた呼び鈴を力強くかき鳴らした。
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