父の助言

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父の助言

💕本日二回更新します~ 一回目です。  ヴァルはぐったりしたまま眠りについたヴィティスを背負って大通りまで再び戻った。  タクシーを捕まえて、青船の支払い後財布に残っていたなけなしの残りの金を払いきり、何とか自宅の二区画先まで辿り着いた。  ヴァルの家族は自宅を中央の街中に二か所を構えていて、賑やかな繁華街近くの大きなアパートメントの一棟すべてが彼の父の持ち物で、最上階に自宅がある。  その他にかつて父が趣味で集めた貴重な美術品や書物、一時期職人を寝泊まりされていた工房も併設された趣の或る一軒家が別にあった。  こちらにも家族は来るには来るが、翌日にこちらの家から出かける方が都合が良い用事があるとか、あるいは父がたまに一人で何か考え事をしたいとき、あるいは母が友人を招いて自宅で騒ぐことから父や自分たちが逃げ出す時のその居場所として使っている。  他の家族に会わずに休める場所として、あえてヴィティスを連れて行ったのはこちらの一軒家の方だった。  鍵を使わずとも呼び鈴を鳴らせばこの家を管理してくれている、幼いころからの顔見知りである使用人の夫婦が出迎えてくれた。 「坊ちゃまその方は……」  どう見てもただ事ではない雰囲気の美貌の少年を担ぎ上げて男らしい顔をやや色づかれさせてヴァルが帰ってきたのだから、ヴァルにとっては祖父母のようなリーガン夫妻は顔を見合わせて戸惑っていた。 「ごめん……。友達と出歩いていたんだが少し体調を崩したようなのでこの家に連れてきたんだ」 「そうですか。ではすぐにお部屋のお支度をいたします。私は旦那様にお声をおかけいたしますね」 (父さんがこっちの家にいる?)  ところがのっけから思惑が外れてしまって、何故だかその晩は父がこちらの家に来ているらしい。  色々と説明するのが面倒だなと思ったが、日頃母と違い父はあまり息子に詮索してくることもないと思ったが、制服のシャツもぼろぼろで昏倒したままの今のヴィティスの様子を見られたら流石にそういうわけにはいかないだろう。  酒は成人と共に解禁になったが、強かに酔った相手を親の目を盗んで自宅に連れ込もうとしているとか、そんな風に思われるかもしれない。  部屋の支度が済むまで居間のソファーにヴィティスを横抱きに抱えたまま腰を下ろしていると、まだ夜具にはなっていない父が日頃穏やかで温厚な彼にしては少しだけ焦った様子で二階からやってきたのだ。 「父さん……」  なんと説明しようかと父の出方を待とうとしたその矢先、白髪交じりの髭面の父が見たこともないような険しい顔をして息子に詰問をしてきた。 「その子の首についている、チョーカー。お前がつけたのか?」 「違う。俺じゃない」 (……これは、父さんが顔色を変える程、酷い代物なのか?)  なんとなく想像ができたが、やはり骨董と美術品の目利きのプロフェッショナルである父が見とがめる、いわくのある代物なのだろう。  父は真向かいにソファーに腰を下ろすと、運ばれてきたブランデーをくっと飲み干した。  そして眼鏡を上げて目元を皺の多い厚い掌で擦って、又穏やかな顔つきに戻る。  乱れた髪と服装にどこか色気漂う息子とその腕の中でぴくりとも動かずに眠る美しい少年を改めて見つめなおした。  ヴァルには親しい友人がいないわけではないのかもしれないが、兄やその友人など年上とつるむことが多く、周りの子どもと比べて変に大人び達観しているところがある子だった。  肉体的な能力の高さばかりを褒められがちだが、ヴァルはその実、頭もかなり切れる。年上のものたちでないと彼と吊りあうようなものがいなかったこともあるだろう。  その彼がこんな夜更けに家に誰かを連れてきたのは初めてだった。  その上アルファであるヴァルが年相応の青年の必死な表情を浮かべて大事そうに抱えているのが、明らかに妖艶な雰囲気をまとうオメガの少年だった。  眠っているその姿だけでもまるで絵画に描かれた女神を彷彿とさせる類まれな美貌で、しかしルネにはどこかで見覚えがあるような気がした。 「その子は……。お前の大切な子なのか?」  恋人なのか? と聞かれたら素直に否と答えたかもしれないが、大切なのかと聞かれたら答えは是だ。  ヴァルはこくりと迷いない表情で頷くと、未だ長い睫毛が頬に蔭を落している、未だ目を覚まさぬヴィティスの頬を撫ぜた。 「この首輪、外してやりたいんだ。これはただの項保護用のチョーカーじゃないだろ?」 「外そうとしたのか?」 「外そうとしたら首が締まって昏倒してしまったからそこですぐにとめて介抱した」  端的にそれだけ答えると父は安堵したような吐息を長くはいた。 「そうか……。古い時代、オメガを隷属させるために使われていた宝飾品に似せた首輪に、アルファが自分が狙ったオメガに取り付けて自分以外には外させないようにするためのものがある。多分この首輪はそれを真似て比較的近年に作られたようだ。その昔は、残忍なアルファの貴族が自分の意のままにできぬオメガにつけたとも。美麗な造りに見えるが、無理に外そうとすると首が落ちるようにされたやっかいな型もある」 「なんだって??」 「うちの蔵にたまたま似たような物が置いてある。雰囲気には似ているがもっと宝石を使われた華美なもので……。それもこれも多分時代は同じかもしれない。無理に開くと首が締まってしまう。もっと無理やり外そうとすると、中から鋭い金具が飛び出してきて、故意に首を傷つけるようにできている。そして往々にして自分では外すことができない」 「自分で外せない?」  流石にその言葉にはヴァルも衝撃を隠せなかった。こんなに美しく設えられた、こんなにも悪意ある宝飾品がこの世に存在するのだということに若いヴァルは義憤に胸を焦がされた。  ヴァルに組み敷かれ、首輪に手をかけられたとき、苦悶し悶えたヴィティスの美しくも憐れな姿を思い出すと身が怒りに震える思いだ。  もしもヴァルがあの時ラットに陥ってもっと無理やり外そうと動かしたら、もしかしたらヴィティスの美しい首筋には今のような赤い跡がついたどころでは済まない、一生消えぬ大きな傷を負ってしまっていたかもしれないということだ。 「誰がこんなものを……」  見つけたら相手を絞め殺してしまうかもしれない。   そんな悪辣な表情をした息子を宥めるように父は運ばれてきた温かい茶を勧めたがヴァルは首を振った。 「輝くように美しい子だ。本人の意志でつけたのでなければ、誰かに目を付けられ、無理やりつけられたのかもしれないな。どちらにせよ、すでに隣国テグニでは未成年のオメガに金属製で鍵付きまたはそれに類似した本人の意志で外せぬ首輪をつけさせるのは違法行為になっている。わが国では立ち遅れていて現状は法的には罰せられることではないが、非人道的な行いとして良識ある人ならば非難される行いだ」 「事情は分からない。出会った時にはもうこの首輪をつけていたんだ。今すぐ外してやりたい。俺が外す」  自分が外すことに拘ったのは、ヴィティスがエロースたちと揉めていたのがこの首輪を外そうとする一件だとあの時ヴァルにも聞こえていたからだ。  てっきり恋人がいるヴィティスがこの首輪の主から自分を奪えるのなら奪ってみろという挑発なのかと思っていたが、そうではなかったらしい。 (親と離れて暮らしているし……。誰にも相談できないような事態になっていたんじゃないのか?)  そう思うと余計にヴィティスのこの疲れ切った幼げな寝顔に憐憫が増してきて、見た目よりしっかりとした骨格の肩を力づけるように握りしめた。   「お前の大事な子なら、お前の手で外してやるといい。テグニ国の宝飾品に関する書籍は裏の蔵にある。多分なにかしら解き方の手がかりがあるかもしれんな。鍵でなければ順番に動かしていくとどこかに隙間ができて外れる仕組みかもしれない。それとそれより100年は古い時代のものだが隷属の首輪が宝飾品として買い付けたものの中に入っていたからそれも蔵にある。それもだしてきてやる。その代わり工具を使って無理やり外すとか自棄は起こすな。それならば私が腕のいい職人を幾人も連れてきて慎重に外す。いいか? 自分でできないと思ったらこの子のために一旦引くんだ。無理を強いたらこの子が傷つく。これだけは約束してくれ。期限は明日その子が目を覚ますまでだ。それ以降は私が責任をもって引き継ごう。いいね?」  父の職場には多くの腕のいい職人もいるし、宝飾品の工房の取引先も多岐にわたる。そして博識で手先が器用な父ならば、それほど本気を出さずともヴィティスのこのチョーカーを外すことぐらいできるのかもしれない。  幼い頃、父が工房で職人たちに指示を出しながら客から発注を受けた様々な品物を作る姿もヴァルは見ていた。  ヴァル自身も家の近所にある時計職人の工房に入り浸っていたことがあり、幼い頃は職人になるのも良いなと思っていたほどだ。  父の一番上等な時計を分解してしまい、途中までは直せたのだが親方のところに持ち込んで力を貸してもらいながらも最後まで組み立てたのは良い思い出だ。  もしかしたら父はそんなヴァルのことを信じて託してみる気になったのかもしれない。 「分かった」  
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