父の助言

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💕本日の二回目です。 ヴィティスを寝室に運び入れてから、父に文献とチョーカーのある場所を教えてもらって蔵からそれらを選び出すと、ヴィティスの眠る寝室の続き部屋に籠った。  ヴィティスの様子は気になったが、出来るだけ休ませてあげたかった。しかしたまにチョーカーのを確認せねばならなかったからだ。   「『血塗られたチョーカーの伝説は多く、古くはテグニ国の王家で后にと望まれたオメガが王を裏切った騎士に攫われ、自害するため自らチョーカーを外し首を落したという話があり、一説には元々恋仲であった騎士と逃げおおせた后のチョーカーを騎士が無理やり外そうとしたときに仕込まれてた刃で首を傷つけられ絶命したとも言われている』なんだこれ、最悪だな……」  ヴィティスにこのチョーカーをつけた人物も、ヴィティスを他のアルファに渡さぬためにこれをつけさせ、外そうものならば彼が酷く傷つくことを知っていたことになる。 (残忍で身勝手な、こんなもの断じて愛なんかじゃない。執着と暴力だ)  頭に血が上りかけたが冷静にならなければならない。  眠るヴィティスの顔は美しいが絞った灯りが影を落とし、物悲しい程弱弱しく見えた。 (本当のお前は、俺たちと同じ普通の学生だよな。大立ち回りしている時の姿が本来のやつだ。すごく生き生きしてた)  彼が健やかに生きられるようにしてあげたい気持ちと、この首輪をヴィティスに着けた主のように、あの青船での妖艶な姿をいつまでも自分のものにして愛で腕の中から逃したくない執着の炎が熱くヴァルの中にも灯る。 必死にヴァルの名前の呼ぶ声が耳の奥に蘇り、目が眩むような快感と掴み上げた身体の弾力、蛇が胴体を艶めかしく動かす時のように絞られた腰が細く暗がりに浮かぶさまを思い浮かべてる。  ぎゅっと目を瞑り、ヴァルは舌先の牙を舐め、喉の強い渇きを覚えた。   (ヴィティス……、首輪が外れたら俺は……)  どのみち明日には父がなんとか手を尽くして外してはくれるだろうが、どうしても自分の手でヴィティスを開放することに拘る気持ちがいつの間にか生まれていたのだ。    文献によれば、一本一本針を編まれたようになっている型は無理やり外そうとするとその針が首を貫くような仕組みになっていて、綺麗に外すためには細かい針につけられた番号を表す溝を確認して順に動かすと緩むのだそうだ。  今回のチョーカーは針ではないが、一つ一つ大きな硬いチェーンのようになっている。よく見ると捻り方が変わっている部分があるようにも見えた。 「ヴィティス、ちょっとごめんな」  眠るヴィティスに灯りを近づけると眉間に眉を寄せて迷惑そうな顔をした。  大分顔色も良くなってきたので安心しながらつなぎ目を確認し、父がサンプルとして置いて行ってくれた青い宝石がふんだんにはめ込まれていた金色のチョーカーを確認した。 (よく見ると、たまにテグニ国の文字が彫ってあるところがあるな。肉眼でやっと文字か?って感じだから明日又明るいところで見てみるか……)  ヴィティスの首につけられていたチョーカーにも同じように文字が刻まれていたので、同じように書き写す。  しかし残念ながら二つのチョーカーに彫り込まれた文字は違う単語を示しているようだった。  しかも数も違う。サンプルのチョーカーの方が文字数が多く意味をなしていそうだが、ヴィティスの方に刻まれている方はずっと文字数が少なかった。  暗い中何とか読み解いていくと紙に書き写していく。  サンプルの単語にはなんとなく見覚えがあって頭の中でテグニ国の色々な言葉を思い浮かべてみる。  父がテグニ国の出身で、彼が子供のころ過ごしたという旧市街のある地方の街に行ったことがある。  そこにはもう父の両親はとうに身罷っていたが、従兄弟やその家族は暮らしていて歓迎してくれた。  テグニ国の言葉を父に教えてもらっていたヴァルはその時漆黒に輝く毛並みの堂々と立派な馬に初めて乗ったり、こちらでは見ないような装束に身を包んで祭りに参加したり、石作りの立派な建物が童話に出てきたお城のような父の故郷を好きになった。   (あの国の言葉で同じ文字を繰り返し使うような言葉が何かあるんじゃないか? アルファやオメガに関連しているような言葉かもしれないし、もしかしたらテグニ国の人が信奉する神の言葉かもしれない)    テグニ国の人はこちらの国と違い一神教だがほかの宗教を否定することもない。非常に愛に溢れた神のはずだった。 (よくあるフレーズを探してみるか、文字のかかれている部分だけ弄ってみたら開けられるのか。ヴィティスの首で試すのは危険だからこっちのサンプルで試してみてコツがつかめたらやってみよう)  作られた年代が特定出来たらある程度単語も絞れるかと思ったが、この説が果たして正しいのだろうか  あれこれ思索しながら徐々に考えがまとまり、サンプルの首輪をあれこれ眺めまわしながら考えた。  そののちヴィティスの首に取り付けられた鎖を眺めるがあまり同じような理でできているようには思わなかった。金属製のチョーカーではあるが似て非なる者だ。 (ヴィティスの首輪は接する面はどこも滑らかで、このサンプルの首輪にあるみたいな飛び出してくる歯車の金具があるわけじゃなさそうだ。もしかしたら、単純にただもう大きさがヴィティスの成長に見合わずに、きついだけのただの鎖なのかもしれない。自分では見えない部分だろうから外すのは難しそうだし、人の手ではもちろん千切れないだろうけど、隙間さえあれば工具を使って職人が外そうとするなら簡単にできそうだ。それがもう成長が急激すぎて合わなかった? 俺もこの1年で背が15センチ近く伸びたからなくもない。角度的に本人側からは外せないような造りになってる? それともヴィティスを縛っているのは単純に金属の鎖じゃないのか? もしかしたら親や祖母に助けを求めたくないような理由があって、それがヴィティスを縛っているのか?)  しかしこの考えが間違っていて、失敗したら今度こそ本当にヴィティスは首が締まってしまう苦しい状態を長く耐えなければならなくなるかもしれない。 (俺の考えが正しければきっと文字とか関係なく、サンプルよりこっちのほうがずっと単純な構造だ。でもその工程でヴィティスの首が締まるかもしれない。よく見極めて一発で成功しないと……)    寝台の縁に座りヴィティスをそっと抱き上げると黒髪を綺麗によせていく。よく見ると首の斜め後ろ側にある正面から見えぬパーツが重なった星型をしていて、直前の鎖の形も閉じてはおらず、他とは違って見えた。 (あ、もしかしたら本当にただの単純な構造で……。こっちの方に入っている文字はただの金属を表す刻印かもな)  これと似たようなおもちゃを子どもの頃散々といたことがあるから確信はあった。 「ヴィティス。明日目覚めたら……。お前は自由の身だ」    そうヴァルにしては抑揚の籠った穏やか声でこれまでのヴィディスの苦労を労うように呟いた。ヴァルは一日の疲労をできるだけ解消し、明日朝明るくなってから挑む勝負に今度こそ勝つために、ヴァルは明け方までの数時間仮眠をとることにしたのだ。  大分ひんやりとした空気の中、暖かな上掛けをたくしあげてヴィティスの眠る寝台にヴァルも身を滑り込ませる。ヴィティスが寒さで身を震わせたので腕の中に抱き込んだ。 「んっ……」  幼子のようにむずがる吐息を漏らしたヴィティスの、ヴァルのシャツだけを身に着けた滑かな肌の足がヴァルの硬く太く長い脚にすりっと当たる。  思わず兆してしまいそうになったが、それを息を吐いてこらえて夜更けまであれこれして高ぶった気持ちを何とか抑え込んだ。  組み敷いている時は彼の威勢の良さや艶めかしさばかりが際立ったが、こうして眠る様はまだあどけなく十代の少年らしい素直さに満ち満ちていて、言いようのない愛おしさがヴァルの胸の中に満ちてきた。  それは今まで感じたことがないような甘やかで胸がきゅっと疼くような感覚で、悪くないなあとヴァルは思った。 (ヴィティスのこの香り……。こいつ自身の元々の香りなのかな。子どもがつけるパウダーみたいな甘い奴。良い香りだ)    色っぽい夜の残り香ではなく、ヴィティス自身の花の様な香りまじりの少し湿った髪に鼻を埋めてから潜り込んだ寝台はずっとこうして互いに寄り添って生きていたくなるような、至福の心地よさだった。  ヴィティスを大事な雛を抱える親鳥のように大切に抱き寄せ、頬に愛情を込めた優しい口づけを贈ってからそっと眼をとじた。                    
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