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【 第3話: 初めての嘘 】
「うわぁ~、これとってもちれ~(きれい)」
「ああ、千歳。それは、お母さんの大事なものだから、また仏壇に戻しておいてよ」
「うん、わかった。でも、チラチラ(キラキラ)して、ちれ~♪」
私が生まれてすぐに、お母さんは亡くなった。
破水後に病院へ運ばれたが、羊水が血管に入り込んで肺の毛細管の閉塞を起こし、肺高血圧症にかかったと父から聞いた。
いわゆる『羊水塞栓症』という病気だった。
「これ、チラチラ光る~♪」
そんな私に『千歳』と名付けてくれたのも、お父さんだった。
お母さんを早くに亡くしたから、せめて私にはできる限り長生きして欲しいと、この名前を付けてくれたんだ。
私はそのお父さんが大事にしているものを、外へ持ち出して、実家の近くの河原で、太陽の光を当てながら遊んでいた。
その河原へは、橋の横にあるコンクリートの階段から降りて行ける。
小さな石がゴロゴロした幅5mほどの小さい河原だ。
川の流れはとても緩やかで、通常30cmほどの深さくらいしかない、本当にのどかな小川だ。
私は、いつも50cmほどある少し大きめの石のところに、自分の靴を置いて川の中へ入っていく。
その石は、とても特徴的で、子供の私が座るのに丁度良い小さな窪みがあり、座ると背中側が凭れ掛かれるような形をしている。
遊び疲れると、その石をイス代わりにして、そこへちょこんと座るのが、その頃の私の日常だった。
その日も、お母さんの大事なものを太陽に当てながら、それを無邪気に眺めていた。
でもそれは、あの日、私の小さな手から滑り落ちてしまったんだ……。
『チン、チリン……』
「あっ、落ちちゃった……」
私は、小さな石が沢山あるこの河原に大事なものを落としてしまった。
小さな手で、石を一つずつひっくり返しながら探したが、見つからない。
夕方まで必死に探したが、子供の私ではどうしても見つからなかったんだ。
家へ帰ると、お父さんが仏壇に、お母さんのご飯をお供えしていた。
そして、お母さんの大事なものがないことを確認すると、私にこう聞いてきた。
「千歳、お母さんの大事なものが無くなっているんだけど、知らないか?」
私はドキッとしながら、咄嗟にこう答えた。
「ちらない(知らない)」
この日、私は生まれて初めてお父さんに嘘をついたんだ……。
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