【 第5話: お父さん、ただいま 】

1/1
前へ
/12ページ
次へ

【 第5話: お父さん、ただいま 】

『ガラガラガラ……』 「お父さん……、いる……?」  私は、10年ぶりに実家の玄関の引き戸を開ける。  すると、奥からお父さんがゆっくりと出てきた。 「なんだ、千歳じゃないか……。どうしたんだ……」 「あっ、お父さんに報告したいことがあって……」  久しぶりに見るお父さんは、随分、年老いて見えた。  髪は、すっかり白髪になり、顔のしわの数が増え、どことなく腰も少し曲がっているように感じる。 「報告って何だ?」 「あっ、お父さんに紹介するね。私のフィアンセの『(まこと)』さん」 「千歳さんの婚約者の誠と言います。よろしくお願いします」  お父さんは、一瞬、止まったような表情を見せたが、すぐに笑顔でこう私たちに言ってくれた。 「あ、ああ~、そうかい。それは良かったじゃないか。誠くん、千歳のことをよろしく頼んだよ」 「はい、お父さん」  お父さんは、目を細めて笑っていたが、その瞳の奥には、キラリと光るものが私には見えたような気がした。  その後、部屋へ上がり、誠さんの手土産の地酒を、お父さんと一緒に三人で飲んだ。  お父さんと誠さんは、二人ともお酒が好きなので、とても気が合いそうだ。  私たちの結婚にも、お父さんは反対しなかった。  むしろ、涙を流して喜んでくれた。  それが、何よりも私は嬉しい。 「お父さん、改めて、千歳さんを絶対に幸せにします」 「ああ、よろしくお願いするよ、誠くん」  私は、お父さんに隠していることがあった。  それは……。 「お、お父さん……。あのね……、実は、私のお腹の中に、誠さんとの赤ちゃんがいるの……」  お父さんは、再び一瞬止まったが、すぐに目を細めてニコッと笑い、喜んでくれた。 「あ、ああ~、そうなのか。そうか、そうか。それは、二重におめでたいな。良かった、良かった。それで、お腹は大丈夫なのか?」 「うん、大丈夫。順調に育ってるから」 「そうか、そうか。それは良かった。赤ちゃんだけじゃなく、自分の体も大事にしないといけないぞ」 「うん、ありがとう。お父さん……」  お父さんは、お母さんのことが頭を()ぎったんだと思う。  その言葉に、私は何十年ぶりかに、お父さんの前で涙を流した……。
/12ページ

最初のコメントを投稿しよう!

43人が本棚に入れています
本棚に追加