43人が本棚に入れています
本棚に追加
【 第5話: お父さん、ただいま 】
『ガラガラガラ……』
「お父さん……、いる……?」
私は、10年ぶりに実家の玄関の引き戸を開ける。
すると、奥からお父さんがゆっくりと出てきた。
「なんだ、千歳じゃないか……。どうしたんだ……」
「あっ、お父さんに報告したいことがあって……」
久しぶりに見るお父さんは、随分、年老いて見えた。
髪は、すっかり白髪になり、顔のしわの数が増え、どことなく腰も少し曲がっているように感じる。
「報告って何だ?」
「あっ、お父さんに紹介するね。私のフィアンセの『誠』さん」
「千歳さんの婚約者の誠と言います。よろしくお願いします」
お父さんは、一瞬、止まったような表情を見せたが、すぐに笑顔でこう私たちに言ってくれた。
「あ、ああ~、そうかい。それは良かったじゃないか。誠くん、千歳のことをよろしく頼んだよ」
「はい、お父さん」
お父さんは、目を細めて笑っていたが、その瞳の奥には、キラリと光るものが私には見えたような気がした。
その後、部屋へ上がり、誠さんの手土産の地酒を、お父さんと一緒に三人で飲んだ。
お父さんと誠さんは、二人ともお酒が好きなので、とても気が合いそうだ。
私たちの結婚にも、お父さんは反対しなかった。
むしろ、涙を流して喜んでくれた。
それが、何よりも私は嬉しい。
「お父さん、改めて、千歳さんを絶対に幸せにします」
「ああ、よろしくお願いするよ、誠くん」
私は、お父さんに隠していることがあった。
それは……。
「お、お父さん……。あのね……、実は、私のお腹の中に、誠さんとの赤ちゃんがいるの……」
お父さんは、再び一瞬止まったが、すぐに目を細めてニコッと笑い、喜んでくれた。
「あ、ああ~、そうなのか。そうか、そうか。それは、二重におめでたいな。良かった、良かった。それで、お腹は大丈夫なのか?」
「うん、大丈夫。順調に育ってるから」
「そうか、そうか。それは良かった。赤ちゃんだけじゃなく、自分の体も大事にしないといけないぞ」
「うん、ありがとう。お父さん……」
お父さんは、お母さんのことが頭を過ぎったんだと思う。
その言葉に、私は何十年ぶりかに、お父さんの前で涙を流した……。
最初のコメントを投稿しよう!