29.言霊ブレスレット

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「え?」 「今はほら……ね?」  葵がこちらに視線を向けると、母親は納得したように扉から離れた。  まずは葵だけが双葉の部屋に入り、それ以外の者は扉から少し離れた廊下で待機する。中からすぐに姉妹の話声が聞こえ、暫くすると再び葵が顔を出して手招きした。  母親、凪、虎我、俺の順で部屋に入ろうとすると、凪の順番が来たところで「え!?」という驚きの声が聞こえた。その後に続いた虎我にはその驚きの理由がわからなかったようだが、俺にはすぐにわかった。 「うわぁ……」  昼間なのにカーテンは閉め切られ、電気も付けずに薄暗い部屋で、パジャマ姿の双葉がひとりベッドの上に座り込んでいる。その手元には何かを大事そうに抱えており、彼女はそれに向かって優しく微笑みかけていた。  ベッドの上や床には、ぬいぐるみや幼児用の玩具が散乱していた。天井やベッドにはいくつかのベッドメリーが吊るされており、終始オルゴールのやさしい音色が流れている。学生時代に使っていただろう勉強机の上には、補充瓶に入ったミルクと食べかけの離乳食の皿が置かれていた。  一見この部屋の様子だけでも異様なのだが、問題はそこではない。凪が驚いていたのは、この部屋のあちらこちらに形を成さないフニャフニャとした綿あめのような白い塊が、ふわりふわりと浮遊していたからだった。  それは時折、部分的に小さな手や足、頭や尻の形を成すこともあり、とてもあやふやな存在で形が定まっていない。しかしその塊からは、キャッキャキャッキャと甲高い嬉しそうな声が発せられていた。  その光景に思わず固まっていると、周りに聞こえないよう配慮した小声で「どうした? きいっちゃん。何か視えたか?」と、虎我が訊いてくる。 「視えるっちゃ……視える」 「もしかして、双葉さんが死産した……?」 「違う。多分それとは関係ないやつだ。十体くらいいる……」 「十体!?」  驚きでボリュームが大きくなってしまった虎我の声に、葵と母親が振り返った。逆に凪は、ずっと双葉の手元を凝視している。  母親は机の上にあった何かを手に取り、「これが霊能力者から買った物です」と言って虎我に手渡した。それは安産祈願や健康長寿祈願の護符やお守りで、双葉の腕を見ると例のブレスレットが三つも嵌められていた。  しかも指には、レジンで作ったであろう石の付いた指輪まで嵌めている。ブレスレットひとつが十万で売られていたことを考えると、合計購入金額を考えたくなくなる。
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