29.言霊ブレスレット

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 虎我の手からお守りをひとつ手に取ると、袋に刺繍された字は微妙に汚く、本物を真似て作られた手作りのようだった。しかしながらそのお守りをギュッと握ると、初めて村雨のブレスレットの珠に触れた時のような、脈打つ振動とぬくもりをわずかに感じる。  ブレスレットほどではないが、お守りも護符もそれなりに村雨の言霊の力が宿っているようだ。 (自殺した二人はブレスレットをひとつしか買わなかったのに、何故双葉さんはこんなに買ってしまったのか……)  二人よりも精神が脆弱だったと言えばそれまでだろうが、ここまで村雨のアイテムに依存するのには、何か他に理由があるような気がする。 「村雨に相談してから、お姉ちゃんはずっとあんな感じなんです。まるで赤ちゃんを育ててるような……。夜中もしょっちゅう起きてるみたいで、それなのにあまりご飯を食べないから痩せていく一方で……」  確かに双葉のパジャマから覗く手足は、骨と皮だけのようにほっそりとしていて、頬もこけ目元も落ち窪んでいる。  部屋に入った俺たちに気づいているのかいないのか、双葉は一向にこちらを見ないまま手元に向かって微笑み、言葉にならない言葉をずっと語りかけていた。それを見つめる葵の瞳には、今にもこぼれ落ちそうな涙が溜まっている。 (この状況は一体……)  その時、ジャケットの袖を引っ張られた気がして振り向くと、そこには不安そうな顔をした凪が居た。 「忌一さん、この部屋中に浮かんでいるふわふわは……異形ですか?」  その疑問に答えたのは、俺ではなく桜爺だった。桜爺はジャケットの内ポケットから肩の方へと登りつつ、おもむろに答える。 「こやつらは、水子(みずこ)の霊じゃな」 「水子の霊?」 「そうじゃ。人としての(うつわ)を手に入れらなかった、哀れな魂たちじゃな」  桜爺の話によると、水子の霊は人間として誕生出来なかった無念から、この世に留まり続けるのだという。人間としての形を成さないまま死んでしまうので、霊としての姿もこのようにあやふやなのだと。  そして彼らは、次の転生先である器を見つけるまで、この世に存在し続けるのだとも。 「器を探すって……まさか今ここに居る霊たちは、双葉さんの子どもになりたくて集まっているんじゃ……」 「そのようじゃな。我が子に接する優しげな姿に、皆引き寄せられて集まってきたのじゃろう」  すると凪が怯えたように、「忌一さん、私おかしいのかな?」と呟く。 「どうしたの? 凪ちゃん」 「何も視えないんです。双葉さんの手元には」  そう言われ改めて双葉を見ると、確かに大事そうに抱える手元には、本当に何も存在しなかった。双葉は、空洞の何かを大事そうに抱えるパントマイムをしているだけなのだ。
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