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言霊ブレスレットによって自死には至らなかったが、生命が少しずつ削れていることは確かだった。
「じーさん、どうすれば双葉さんを助けられる?」
「元凶の、視えない赤子を消すしかないじゃろうのう」
(視えない赤子を消す?)
双葉はまだ大事そうに空洞を抱えながら力なく微笑んでいた。そこには双葉にしか視えていない妄想の産物である彼女の赤ん坊がいるのだろう。そんな彼女にしか視えていないものを、どうやって消すことが出来るのだろうか。
彼女の手元をよく見ると、骨と皮だけになった細い腕に三つの言霊ブレスレットが並んでいた。透明の珠がこの薄暗い部屋の中で、廊下から差し込むわずかな光を反射させている。
「虎我、あのブレスットだ」
「何?」
「あのブレスレットを壊さないと、双葉さんが危ない!」
そう言うと虎我はコクリとひとつ頷いて、双葉の元へと静かに近づいた。「すみません」と一言断ると、彼女の腕にひっそりと輝く三つのブレスレットに手を掛け、その手を一気に左右へと引っ張る。
その瞬間テグスが引き千切れ、ブレスレットの珠が一斉にベッドや床の上へと飛び散った。
その場に居た俺と虎我以外の人間が、暫く呆気に取られて動けなかった。しかし暫くすると、双葉だけが突然「いやぁぁぁああああああ!!!」と絶叫する。
「お姉ちゃん!?」
「双葉、どうしたの!?」
葵と母親が咄嗟に駆け寄るが、双葉は頭を掻きむしって「どこ!? 私の赤ちゃんはどこなの!?」と泣き叫ぶ。そして、ベッドの上に転がった玩具を一つ一つ確認するように、何かを探し始めた。
彼女の悲鳴に呼応するかの如く、部屋で浮遊していた水子の霊たちは、次々にけたたましい音量で泣き始める。その人数が増していくと、俺と凪はたまらず両手で耳を塞いでその場へしゃがみ込んだ。
それは明らかに十体以上の赤ん坊の大合唱だった。薄目で周囲を見渡すと、床やベッドに散乱していたぬいぐるみやロボットなどの玩具が、わずかに動いている。
以前桜爺から『人型をした形のモノは、魂の器に成り得る』と聞いたことがあった。その中に入り込んだ精霊の類は、“付喪神”とも呼ばれている。つまり、ぬいぐるみやロボットといった人型の玩具にも、水子の霊が宿っていたのだ。
「何だ? 何が起こってる!?」
この大合唱が聞こえない虎我は、泣き声の音量に苦しむ俺たちを見て困惑するしかなかった。
我が子を探して泣き叫ぶ双葉は、やっと自分の腕にブレスレットが無いことに気づき、目の前でおろおろする虎我を睨みつける。
「よくも私の子を奪ったわね!? 何てことするのよ! この人殺し!!」
そう叫ぶと、双葉は机の上のペン立てから無造作にハサミを抜き取り、虎我へ鋭い刃を向けた。
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