29.言霊ブレスレット

39/45
前へ
/386ページ
次へ
「桃塚さん、今日は本当にありがとうございました」  泣き疲れて寝てしまった双葉を部屋に残し、母親と葵は俺達を玄関まで見送った。二人ともつい先ほどとは別人の、実にスッキリとした良い笑顔だった。 「いえいえ、職務ですから。当然のことをしたまでです」 「桃塚さんは双葉にとっても私たちにとっても、命の恩人です。是非またいらしてくださいね。その時には是非ご馳走させてください」  虎我は苦笑しながら、「それでは失礼します」と言って内海家を後にする。俺と凪は葵たち親子に手を振りつつ、虎我の後に続いた。外はすでに陽が傾きかけていて、オレンジ色の住宅街に俺達三人の影が細長く伸びている。 「いや、参ったな。葵ちゃんがあんなこと言うから……」  内海家前に停めていたパトカーに乗り込みながら、虎我はそうぼやいた。あんなこととは、葵が母親に「虎我さんたちに夕飯をご馳走したら?」と言い出したことだった。それはもちろん双葉がようやく正気を取り戻し、自死を食い止めたことに対するお礼ということなのだろうが…… (やっぱり葵ちゃんは虎我のこと……)  そう思いながらパトカーの助手席へ乗り込むと、バックミラー越しに後部座席へ乗り込む凪と目が合った。凪は送ってもらうことに恐縮しているのか、「すみません」とばかりに手を合わせる。  おそらく虎我は、今回のことで葵の母親にバッチリ気に入られたのだろう。これで葵の想い人は、母親公認となったわけだ。 「いいんじゃないの? 改めて葵ちゃんちにお邪魔すれば」 「あのなぁ、きいっちゃん。公務員はそういうの受け取っちゃダメなの」  虎我の運転するパトカーは、静かに凪の家へと滑り出す。 「虎我って、別に今付き合ってる子とか好きな子いないんだろ?」 「いきなり何の話だよ」 「だからさぁ、職務じゃなくてプライベートで遊びに行けば? 俺たちもう友達みたいなもんなんだし。ねぇ? 凪ちゃん」  そう後部座席へ振ると、凪は運転席と助手席の間に乗り出してきて、「はい!」と気持ちのいい返事をした。 「どういう意味だよ」 「葵ちゃん、可愛いじゃん。虎我にどうかなって」 「ちょ!? いきなり何言うんだよ! 手元が狂うだろ!?」  そう言うや否や、車は一瞬だけ左右に蛇行する。あまりの虎我の慌てように、車内は笑い声に包まれた。案外虎我は、まんざらでもないのかもしれない。  そんなことを考えながらなんとなくスマホをチェックすると、意外な人物からのメッセージを受信していたことに気づいた。 「あ、多聞さんからだ」  そのまま口にすると、二人とも興味深々で「何て?」と食いついてきた。
/386ページ

最初のコメントを投稿しよう!

206人が本棚に入れています
本棚に追加