母の戦い

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母の戦い

 母は先日公式にトーナメント表が発表されるタイミングで私達家族に発表したのだ。 なんとも囲碁界に対して律儀なお人だろうか。 そして5月になり、ある程度囲碁トーナメントが消化された頃に再び母より発表があった。 「はい、皆さん発表があります。なんと(わたくし)佐藤美晴が6月1週目の放送で囲碁トーナメント初登場となります」 「そうなの、ひょっとして……」 「もう収録済みよ。ところで梢子、6月最初の日曜日ってなにか用事ある?」 「ううん、別に」 次の瞬間、母は私に対して言い放った。 「じゃあ、お母さんの勇姿をお父さん、お母さんと一緒に見なさい」 「それはいいけど、じゃあ先に将棋トーナメントも見ていい?」 「珍しいわね、梢子はプロの将棋は難しいからって講座番組しか見なかったじゃない」 「6月1週目なら今年同じクラスになった長谷君が出ているの」 私の言う長谷君とは将棋のプロ棋士長谷一輝四段だ。 去年の秋にプロ入りし、活躍が期待されているのだ。 私と同じ学校でクラスメイトなのだ。長谷君の名前を出すと突如私をいじりだした。 「へえーーー、梢子もやっぱりお年頃の女の子ね、同じクラスの男子が気になるなんてねーー」 「いやいや、気になるのは将棋よ。そもそも学校でそんなに話したことないし」 「そうなの、サイン位もらえばいいのに」 「いや芸能人じゃあるまいし」 私と母がやり取りをしていると父が話に加わる。 「長谷四段は、赤翼名人以来の天才だという呼び声もあるな。しかし感慨深いな」 父の言葉を聞いて母が父に尋ねる。 「感慨深いって?」 「俺、赤翼さんと同い年なんだぞ。そして梢子が長谷四段と同い年。なんか人生いろいろって感じがしてくるな」 「何言ってんの、あなたも遅まきながら大学を出て、しっかり就職して、こんなかわいい奥さんとかわいい娘がいるのよ。中々いい人生だと思わない」 「別に今だって悪いとは思ってねえよ、ただ俺もプロになれていたらと思うことも時々あるってだけだ」 父がしんみり語ると母が元気よく言葉を放った。 「ま、次の私の対局でも見て家族で元気よく過ごしましょう」 私はこの時、母はきっと勝ったから自信満々に話している。そう思ったが母の真意は別にあったことをまだか知らなかった。
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