母の教え

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母の教え

 そして6月1週目の日曜日がやって来た。 まず私達家族は長谷君が出ている将棋トーナメントを見ており、いよいよ決着かという局面まできていた。 テレビから記録係の秒読みが聞こえる。 「20秒、1,2,3」 「負けました」 「まで111手で長谷四段の勝ちとなりました」 将棋トーナメントは長谷君の勝ち。囲碁講座の番組を挟めばいよいよ母の出番だ。 将棋トーナメントの間に母が用意してくれた昼食を食べながら開始を待つ。 そして母が出る囲碁トーナメントが開始される。 椅子対局という形だが母の姿が凛々しく見えた。 なんかふんわりした印象のある母だが盤の前に行くと凛々しさを増している。 私は幼い頃少しだけしか囲碁をしておらず、今となっては全くやっていない。 対局が始まると私には黒の石と白の石が交互に置かれいるようにしか見えず。 形勢が良く分からない。 ある程度進むと、解説の人の言葉を聞く感じ母が少し不利のようであることが伝わってきた。 「これは神田六段少し苦しくなりましたか」 母は旧姓で棋士としての名前を登録しており、そう呼ばれているが、今はそれを気にしている場合ではなく、母が不利のようだ。 だがきっと母はここから逆転勝利をつかんだ。私はそう信じて疑わなかった。しかし…… 依然として母が苦しいようだ。しかし母はなんとか逆転のチャンスを見出そうとしている。テレビ越しだがそれは私にも伝わった。でも……。 「負けました」 「162手を持ちまして白番宮下五段の勝ちとなりました」 母の投了の言葉が私にも聞こえ、正直意外な展開だった。意外だったので私は思わず母に尋ねた。 「ねえ、お母さん、なんでわざわざ負けた姿なんて見せたの?私お母さんはてっきり勝ったから見るように言われたと思ったわ」 「別にお母さん、勝ったなんて一言も言ってないんだけど」 「確かにそうだけど、どうして?」 「そうね、これはお父さんと梢子2人に見て欲しかったの」 私と父に?そう思っていると母は語り始めた。 「梢子、この間からウイナビ女子に出たいって言ったじゃない」 「うん、言ったわよ。でもお父さんが反対して」 「確かあの時お父さんはどうせ負けるからでても無駄って言ったけど。だからこれを2人に見せたの」 ますます分からん。そう思いながらも母の言葉を私達は聞いていた。 「負けるのは確かに辛いわ。それでお父さんが梢子には将棋の楽しさを教えていた。負けてあげたりと、それ自体は間違いじゃないけど。それだけじゃダメなの」 「どういう意味?」 「将棋でも囲碁でもその奥深さを知るには負ける悔しさとそこからどう立ち上がるかが大事だと思うの。それはプロでもアマでも」 なんとなくだが、母の言いたいことが少しだが伝わってきた。
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