夏の日

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「やっと笑ったな」 おじさんは嬉しそうに私の頭を撫でる。私、そんなに笑っていなかったかな。 「ずっと無表情だったから、ずっと心配だったんだよ。これからはたくさん笑えることしような。俺と一緒にたくさん楽しいことしような。実花、俺と一緒に行こう。きっと今までよりずっといい暮らしができるはずさ」 おじさんは私の服を脱がせてお風呂場に行かせた。一緒におじさんも入ってきて、石鹸をたくさん使っていっぱい泡を作って頭からつま先まで全部全部洗ってくれた。 私もおじさんの体に石鹸の泡をつけて赤く滲んだとこを消していった。 私もおじさんも、もうどこも赤いところはない。綺麗さっぱりどこにもない。 おじさんの頭からシャワーでお湯をかけて石鹸を洗い流すとおじさんが私の頭を撫でながら 「ありがとう」 と言ってくれた。こんな簡単なことだったのか。石鹸を流すだけで言ってもらえることだったのか。 なんだか簡単すぎて笑えてくる。痛かったり苦かったり気持ち悪かったりすることをしなくても「ありがとう」って言ってもらえるんだ。 すっかり綺麗になった私とおじさんは、お母さんだった人の鞄の中から財布と携帯と鍵をすぐに見つけ出し、ちょびっとの私の荷物を持って、私がずっと閉じ込められていた部屋から外に出た。 外は夏の夕日がキラキラと輝いていて、私の真っ白な腕にうっすら浮かぶ汗に反射して私の腕もキラキラと輝いた。 玄関の鍵を閉めたおじさんが私に手を差し伸べる。 「行こう、実花」 「うん、おじさん」 おじさんは苦笑いをして鼻の頭を指でこすった。 「俺は『おじさん』って名前じゃねえよ」 「そうなの? おじさんはみんなおじさんじゃないの?」 「違うよ。どんなおじさんだってみんなそれぞれ自分の名前を持ってて、自分の人生を生きてんだぜ」 ふーん、と鼻を鳴らすと、おじさんは私の鼻を軽くつまんだ。 「覚えていこうな。時間はたっぷりある」 「そうだね、おじさん」 「だからおじさんじゃねえよ。俺の名前は」 沈んでいく夏の太陽は、大きな火の玉だ。あの下にある山も家も全部焼き尽くしそうなくらい熱くて眩しい。私の中に滲んだ何かも焼き尽くされる。そうして綺麗になくなって、知らない私になっていくんだ。オレンジ色の世界をふたりでどんどん進んでいく。どこまでも進んでいく。道は果てしなく続いていて、私たちの未来はオレンジ色に輝いている。知らない私を知るために、その輝く道を私たちは進み続ける。 おじさんとつないだ手はやっぱり汗ばんでいて、でもその汗はどっちの汗なのかわからなくて、それが何だか嬉しい。あ、『おじさん』じゃなかった。この人の名前は 【   了   】
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