夏の日

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ねえ、覚えてる? お母さんが初めて私を褒めてくれた日のこと。 あれはうだるように暑い真夏の日だった。いつもと同じように、押し入れの中でパンの耳をかじりながらお母さんがお仕事している音を聞いていた。悲鳴を上げ続けるお母さんと、ぎしぎしと音を立てる安普請の床。薄いお布団が跳ねのけられるばさっという音。最近よく来るおじさんの荒い息遣いの音。いつもこの場所で聞いている音を今日も聞く。 「あっ…! ああ…! いいっ! もっと!」 「はあっ、はあっ…。おまえは本当にエロい女だな。身体を売るために生まれたような奴だよ」 「ああ…っ! そうなの! 私、本当にセックスが好きなのお…!」 ぎしぎし。音に合わせて、私が入っている押し入れも揺れる。いつも揺れているから特段気にならない。揺られながらパンの耳をもうひとつ、口に運んだ。しばらくするとおじさんの「いく」って声と、お母さんの絶叫が聞こえた。やっと揺れが止まる。かち、かち、というライターをいじる音が聞こえ、微かに煙が漂ってきた。 「ねえ、今日の分、お願い」 お母さんがおじさんをせっつく。ごそごそ、と布がこすれる音がして、おじさんの「ほらよ」という声が聞こえた。 「いつもより少ないわよ」 不満そうなお母さんの声。 「おまえの身体の相場はそんなもんだよ。身の程をわきまえな」 続くおじさんの声は、すごく面倒くさそうだった。 「ああ、若い女を抱きてえなあ」 煙が襖の隙間からさっきよりも多く入り込んでくる。少し咳き込んだあと、すぐに口を押さえたけど、手遅れだったみたいだ。 「誰かいるのか?」 「あ、そこは」
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