夏の日

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摺りガラスの窓を開けて外に出ていくお母さんの背中を見ながら、私はこれから自分が何をされるのかをぼんやりとだけど理解した。おじさんの顔が覆いかぶさってきて口の中に苦い舌が押し込まれる。タバコ臭い鼻息が荒い。スウェットのズボンもパンツと一緒にずるりと下ろされあっという間に裸にされた。 「実花ちゃんー、可愛いねえ。真っ白な体だねえ。ちゃんと気持ち良くしてあげるからいい子にしてるんだよ」 にたにたしたままおじさんがまた私の口に舌をねじ込んできた。噛み切りたい衝動を抑えながら私は目をきつく瞑った。 □□□ 苦かったり不味かったり痛かったり血が出たりしたけど、どうやら終わったみたいだ。荒い呼吸をしているおじさんの体が私からゆっくり離れていく。ずるり、とした不快な感触と痛みが身体の真ん中に走ったけど、やっと奔流から解放された私は、ゆっくり目を開けた。おじさんがタバコに火をつけて吸い込んでいる。上半身を起こすとおじさんがこっちを見てにたり、と笑った。 「すっごく気持ち良かったよ、実花ちゃん。実花ちゃんも気持ち良かったでしょ?」 すっごく気持ち悪かっただけだったけど私はこくんと頷いた。おじさんは満足げに煙を吐き出している。からら、と音がしてお母さんが部屋に戻ってきた。気配で終わったのを感じ取ったみたいだ。おじさんはお母さんを見て、またにたり、と笑う。 「おまえの娘、すっげえ良かったわ。また頼むよ」 「あらあ。そんなに良かったの。まあお代さえくれれば私は構わないよ。次も五万だからね」 「おいおい、そいつは話が違わねえか。初物だから五万だって言ってたろ。次からは三万だ」 お母さんは少し考えてたけどすぐに頷いた。 「まあいいわ。三万でも。他の人たちにも宣伝しといてよ。処女とやれるってさ」 「おいおい、もう処女じゃねえだろ」 「あと何回かは処女だって言い張れるでしょ。あんたが最初だってことは黙っておいてよね」 「全く悪知恵ばかし働きやがる」 おじさんはまんざらでもなさそうに言ってタバコを吸い終え、吸い殻が山盛りになっている灰皿にもう一本吸い殻をねじこむと、お母さんの服とごちゃ混ぜになっている自分の服を探し出して身に着ける。すすけた灰色のジャンバーを羽織るとおじさんは玄関に行って靴を履いた。 「じゃあ仲間に宣伝しといてやるよ。実花ちゃん、またよろしくな」 右手を挙げて外に出ていくおじさんにお母さんが「まいど」と声を返し玄関の鍵をかけると、まだ布団の中にいる裸の私の元へ小走りで来てぎゅうっと抱きしめてくれた。 「実花ありがとう。あんたを産んで良かったよ。女の子に産まれてきてくれて本当にありがとうね」 お母さんに抱きしめられたのも、お礼を言われたのも初めてのことだったから、私はびっくりしてしまってどうすればいいのかわからなかった。お母さんの体から体温が伝わってくる。さっきのおじさんの体温とは違う、気持ちいい温かさ。 「今日は美味しいものでも食べに行こうか。その前にお風呂入っておいで。いい子だね。実花、本当にありがとね」 お母さんが嬉しいと私も嬉しい。お母さんが私を見て笑っている。こんな嬉しそうなお母さん、初めてだ。私はだからそのとき、自分はとてもいいことをしたんだと、そう思ったんだ。 その日は生まれて初めてレストランへ行って、生まれて初めてツヤツヤでほかほかの黄色いオムライスを食べた。あのオムライス以上に美味しいものは今でも食べたことがない。本当に美味しかったし、お母さんも笑顔で本当に嬉しかった。
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