夏の日

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そのとき玄関のドアが開く音がして同時にお母さんの怒声が響いた。 「実花! 誰が来てるんだ?! 勝手に鍵を開けちゃだめだって言っているのに」 お母さん! 手を伸ばしてお母さんに助けを求めようとしたけどそれより先にお母さんがおじさんに気づいた。次の瞬間お母さん目が真っ赤に燃え上がる。 「実花! あんたって子は!! 最低な娘だ! 日下さんから離れろ! 日下さんは私のもんだよ! この泥棒猫が!」 お母さんの怒声に身を縮こませるとおじさんが私とお母さんの間に体を挟んでお母さんから私を見えないようにした。 「実花ちゃんは何も悪くない! それ以前に俺はあんたのもんじゃないからな!」 威勢よく響くおじさんの声。お母さんが私の名前を叫んでいる。 「実花! たらしこみやがってこの売女が! よくも…よくも…ゆ、許さない…!」 おじさんの体が強い衝撃で倒れ込む。開けた視界の先には包丁を振りかざしたお母さんがいた。 「おかあさん!」 お母さんの持つ包丁が私めがけて振り下ろされ堪らず目をつぶる。おじさんが何か怒鳴ってお母さんの悲鳴に重なる。私の名前をなぞる悲鳴。 お母さんが、お母さんが私を呼んでる。目を開けなくちゃ。お母さんの言うことをちゃんと聞かなくちゃ。言うこと聞いたらきっとまたお母さんは私に「ありがとう」って言ってくれるようになる。きっと言ってくれるはず。 おじさんの体が私の前に立ちふさがる。お母さんの悲鳴がまた響く。一際大きく響く怒声のあと金属が床に落ちる音がした。 しんと音がしそうなほど静まり返った世界で私はゆっくり目を開けた。 仁王立ちになっているおじさんの足が目の前にある。その間から血を流して倒れたまま動かないお母さんが見えた。 「お母さん!」 おじさんを押しのけてお母さんに駆け寄る。血まみれの顔を覗き込むと微かに口が動いた。だけどその口からは声が出てこない。 「お母さん! お母さんしっかりして! お母さん!」 お母さんの体に縋りつく私をおじさんが引き戻す。 「離れていろ。首に刺さったみたいだ。もうすぐ死ぬ」 「なんで…!!」 私の肩を固く抱いて動かないおじさんに必死で抵抗する。だけど体はびくともしない。 「離して! お母さんが! お母さんが…!」 もがいてももがいてもおじさんの体はびくともしない。手を伸ばしたいのに動かせられない。お母さんの周りがゆっくり赤く染まっていく。お母さんはあらぬ方向を見つめたまま私を気にも留めず指先だけをぴくぴく動かしている。いやだ。いやだよ。お母さん。こっちを見て。私を見て。お母さんお願い。
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