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史ちゃんはきゅたきゅたと上履きを鳴らしながら、私の方に走ってきた。
測定によれば、東階段から西階段までは一二一メートル。結構な距離を、巻尺をぴらぴらさせながら、史ちゃんがだんだん大きくなってくる。
宮路史ちゃんは、中学三年の割にはまだ女の子っぽくない。私はひそかに「ピノキオ」 って思ってるんだけど、手足が本当に枝みたいにまっすぐで細い。胴体だってそれに準じてる。私みたいなぽっちゃりが全身でぶつかったら、ぽっきり折れちゃいそうだ。
髪の毛もマッシュルームなショートカットで、目の下にソバカスがちょこっとあったりするから、ぱっと見だと男の子に見えたりする。
無駄に肉がついてる私からすると、こういう暑い日は、史ちゃんみたいなスレンダーな方が暑苦しくなくていいなーって、うらやましくなる。
「どしたんですか、センパイ。ぼけっとしちゃって」
「あー……うん、暑いなぁとか思ってた」
「やだなぁ、里花センパイまで夏ボケ? それじゃ麻矢センパイとおんなじですよ」
史ちゃんの口にした名前に、私の中の不快指数が二十パーセント跳ね上がる。あ……何か百パー超えた感じ。
「あのね、史ちゃん、あの人のアレはね、夏ボケじゃなくて、四季ボケっていうの」
「四季ボケ? そんな言葉あるんですか」
「ない。でもいいの。つか、あれはボケじゃなくて、わざとなの! 天然じゃなくて、人工物! 作為的にやってるんだから」
彼女の事を思い出すと、腹が立ってくる。その腹立ちをぶつけるべく、巻尺をすごい勢いで巻きだす。
「センパイ、怖いです……ていうか、それボクやりますー」
史ちゃんは私から円盤みたいに大きい巻尺を奪うと、ハンドルを一生懸命回しだした。私はあんまりこの面倒な作業が好きじゃないけど、何故か史ちゃんは好きらしくて、いつもこの作業を買って出てくれる。
「でも里花センパイって、普段はすごく優しいのに、麻矢センパイの事になると、いきなりキツイですよねー。性格変わってませんか?」
「そりゃ性格も変わるよ。あのメガトン級の変人のおもちゃに五年もされてたら……」
「お、おもちゃですか?」
史ちゃんの手が止まって、顔がひくっと引きつる。
「そうだよ、おもちゃ! 絶対あの人は私をおもちゃか何かだと思ってるよ。あの変人は」
「だ~ぁれが、変人だってぇ?」
「んぎゃぁぁ!」
私は思いっきり悲鳴を上げてしまった。
このクソ暑いのに、背中にぺったりと張り付く、温かくてやわらかいかたまり。首に回された日に焼けないミルク色の腕。わざと首筋にかかるようにしている、あたたかい吐息。
頬にさわさわかかる、自分のじゃない髪の感触で、鳥肌当社比二〇〇パーセント増量セール中!
こんなアホな登場の仕方をするのは、私の記憶の中には一人しかいない。
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