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「ねえ、私のこと、覚えてる?」  彼女は狐のお面を被っていた。  何色もの絵の具をカラフルに使い、にっこりと笑ったような白い狐の面だ。  身にまとっているのは、桔梗の柄が入った緑の着物。帯は鮮やかな緋色だった。  彼女がお面をゆっくりと外すと、薄紅色の大きな目をした、銀髪の美しい少女が現れる。  ずっと昔、どこかで会ったような気がした。  けれども、彼は思い出せなかった。 「……覚えてないのね」  その悲し気な表情に、彼は胸を締め付けられる。  罪悪感が勝手に膨れ上がり、彼は思わずその場から逃げ出したくなった。 「ごめん……」  彼は思わず呟く。 「えっ?」  彼の妻が驚いたように振り向いた。大きな煎餅をかじったまま。 「えっ……」  彼は、目をしばたたく。  そこはリビング。彼はソファーに寝そべっていた。  いつもと何も変わらない家の中が彼の周りにあった。  つい最近まで子供たちが一緒に暮らしていて、賑やか過ぎるくらいだったが、彼らは独立して家を出て行った。  上の双子の息子たちは大学を卒業して就職、下の娘は短大に入学し、大学の近くで一人暮らしだ。  今は夫婦二人の静かな日常。穏やかな休日の午後だった。  テレビの中では何かの映画が放送されていてる。  狐面の少女が夢の産物だということを彼は瞬時に理解した。 「ああ、夢を見たんだ。何でもないよ」 「何だ、寝ぼけたの。夢の中で、誰かに謝るようなことをやっちゃった?」  煎餅を頬張りながら、妻が言う。 「狐のお面の女の子が出てきたんだ。その子を覚えてないことを何か責められた」 「狐のお面の女の子?」  妻の表情が固まった。一瞬時間が止まったようだった。  煎餅が口からポトリと落ちる。 「うん。実写というより、アニメのような感じだったかな」 「じゃ、きっと何かのアニメのキャラね。さ、さあてと。そろそろ夕方だから、お花にお水をあげなくちゃ」  妻は突然立ち上がり、そそくさとリビングから出て行った。  テレビの中では、まだ映画が続いている。  妻は、その映画を昨日から楽しみにしていた。  それなのに、これから花に水やり? しかも齧りかけの煎餅をコタツの上に置いたまま。  まあ、録画してて、またゆっくり最初から観るのかもしれない。  彼は軽く考えて、再びソファーの上で目を閉じる。 「アニメなんて、最近全く見ないんだけどな……」  再び彼はうたた寝を始めたが、狐面の少女は、もう夢の中には出てこなかった。        
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