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 狐面の少女の夢などすっかり忘れてしまった、ある日。  和室に入った彼は、襖が少し開いていることに気づいた。  ほんの五センチほどだったが、きちんと閉められずに隙間があった。  大ざっぱな性格の妻がよくやることだ。  食器棚のガラス戸がほんのちょっと開いていたり、風呂の蓋がずれていたり。冷蔵庫の扉が閉められていなくて、警告音が鳴りっぱなしだったこともある。  彼は襖の扉を閉めようとしたが、ふと手首を返して、反対に大きく開けてみる。  押入れの中は、きちんと整理整頓されていた。  もっとも娘が扇風機を出し入れしたり、友達が遊びに来たときに布団を出したりしていたので、娘が片付けてくれたのかもしれない。  彼はそのまま襖を閉めようとしたが、奥のほうに積まれている段ボール箱に目が行く。  段ボールには黒いマジックで『キツネボックス』と書いてあった。  その下には『開封厳禁』という文字。すぐ横には、子供たちの誰かが描いたらしい、猫にも見える下手なキツネのイラストもある。 「あら、どうしたの?」  廊下から妻が顔を覗かせる。   「ああ、襖が開いていたから閉めようとしたんだけど」 「ごめんなさい。またやっちゃった」  妻は、エヘヘッと明るく笑った。 「キツネボックスって何?」  彼が訪ねると、妻は目を大きく見開いた。 「えっと、その……」  わかりやすく慌てふためいて、言葉を探す妻。  すぐに探し当てたと見え、ぎこちない笑顔を彼女は作る。 「そう、子供たちの工作よ、思い出した!」 「子供たちの?」 「ほら、小学生のとき、夏休みの工作で賞をもらったことあったでしょう。よくできたで賞とか。あと上手く描けた絵なんかも、まとめてあの箱に入れたのよね。捨ててしまうのに忍びなくて」 「何で『キツネボックス』っていう名前?」 「あー、誰かが狐のお面を作ったことがあったのよね。それも箱に入れたの。だから、『キツネボックス』! 何か可愛いでしょ」  妻は早口でまくしたてた。 「あの猫みたいなキツネの絵は?」 「珠美(たまみ)が描いたんじゃないかな」  『珠美』というのは、末の娘の名前だ。 「ま、まあ、いつまでも置いといても仕方ないわよね」 「暇なときにでも写真撮ろうか? そうやって残しておいたらいいらしいよ」 「う、ううん。三人ともみんな結婚しちゃったら、そうするわ。それまで、もうしばらく置いとくね」  妻は何もない廊下でつまずきながら、洗面所のほうに消えた。  
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