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「こういうのも忘れたんだ?」
少年は次々と彼に縫いぐるみをぶつけてきた。
それは鳥居の縫いぐるみだったり、稲荷神社の狐像の縫いぐるみだったり、賽銭箱の縫いぐるみだったり、果てはきつねうどんの縫いぐるみもあった。どれもよく出来た縫いぐるみだ。
「何するんだ」
彼は飛んで来る縫いぐるみを払いのける。
最後に飛んできた小さな縫いぐるみは思わずキャッチしたが、よく見るとそれは油揚げの縫いぐるみだった。二枚重ねの油揚げを青い紐で可愛らしく結わえた縫いぐるみだ。斬新な縫いぐるみだった。
「あいつの趣味は縫いぐるみ作りだ。何でもかんでも縫いぐるみで作っちまうって趣味。それも忘れたのか」
どうやら『あいつ』というのは、あの白い狐面の少女のことを指しているらしい。
「ごめん。知らない。じゃ、君の趣味は?」
「カレー作りだよ!」
彼が叫んだ。ちょっと頬が赤い。
本当は、そんなの趣味じゃないけど仕方ないんだぞ、と言いたげだった。
「それで、あんたはスパイスのこと、いろいろ調べてくれたんだろうが」
「深草課長!」
そのとき、聞き覚えのある声が横から聞こえた。
途端に少年は飛び跳ね、一瞬で駆け去ってしまう。
少年が視界から消える間際、その姿が銀の狐に変化するのを彼ははっきりと見た。
「課長、どうしたんですか? 誰もいないのに一人で喋ったり、変なジェスチャーしたり……」
同じ課の大門がそこに突っ立っていて、心配そうに彼を見ている。
大門の手には、コンビニの袋が下げられていた。サンドイッチが透けて見える。
彼もお昼を食べる目的で、この新緑の溢れる公園に来たらしい。
「いや、今、そこにキツネの男の子がいてね。ほら、鳥居の縫いぐるみとか、油揚げの縫いぐるみ……」
しまった――。
思ったときは遅かった。
もちろん縫いぐるみたちは、残らず掻き消えている。
大門は泣きそうな顔をして、彼に詰め寄った。
「課長。最近おかしいですよ。話しかけても上の空だし、何も映ってないパソコンのモニターをずっと見つめたり」
「ああ、悪かった。大丈夫だから」
「でも、キツネが見えたんでしょう? 油揚げの縫いぐるみも」
「うん、まあ……」
肯定すると、大門はこの世の終わりでもあるかのような悲愴な顔をした。
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