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4.
疲れているのかもしれない。
いや、やはり喪失感が大きいのだ。妻だけではなく、自分も。
子供たちが皆、同時に家を出て行ったのだ。普通に考えて寂しいわけがない。
まだそれほど実感はないが、本当はかなり精神的に来ているのかもしれない。
夕食の片付けを終え、彼はリビングのソファーに座った。
妻はまだキッチンにいて、コーヒーを淹れてくれている。
と、リビングに置いている電話が鳴った。
「僕が出るよ」
電話は娘の珠美からだった。
彼と妻はもちろん携帯を持っていたが、娘はいつも固定電話にかけてくる。
携帯にかけても二人とも気づいてくれない、というのがその理由らしい。
「お父さん? ちょっとお母さんにお料理の作り方を教えてもらおうと思って」
珠美が電話の向こうで言った。
「料理? お父さんじゃ駄目なのか」
「チーズとツナのパンプディングとか、作れる?」
「そんなこじゃれたもの、作れん」
「でしょ」
何か話そうかと思ったが、特に話題も探せなかった。照れもある。
取りあえず、一人で元気にやってそうだ。それがわかれば十分だ。
彼は妻に替わろうとしたが、ふと思い出して娘に訊ねた。
「和室の押入れに段ボール箱があるのを知ってるか? 『キツネボックス』と書かれたやつだ」
「知ってるよ。キツネの絵は私が落書きしたの。小学生の頃だったかな」
彼は受話器を握りしめた。
そして、妻に聞こえないように声をひそめる。
「あの中には何が入ってるんだ? おまえたちの工作が入ってるのか?」
「違うよ。あの箱の中にはお父さんの大切な物が入ってるから、絶対に開けちゃ駄目だって、お母さんに言われたの。だから、開けられない腹いせにキツネの絵を描いたわけ。お兄ちゃんたちが物心ついた頃には、もうあったって聞いたことあるよ。だから、その前、お父さんとお母さんが結婚した頃からあるんじゃないかな」
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