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どういうことなのだろう。
妻は、夫には子供たちの工作が入っていると言い、娘には父親の大切な物が入っていると言った。もちろん彼に心当たりはない。
子供のものでもなく、彼のものでもないとすると、箱の中には妻自身の大事な何かが入っているのだろうか。家族にも秘密にしなければならないような、重要な何かが?
娘とプディングの作り方以外のことも長々と話していた妻が、彼のところに子機を持ってやって来る。
「ムジナモリさんって方から電話よ。知ってる?」
「ああ、たぶん大学の同級生だよ」
遠い記憶の中から、その名前が浮かび上がってくる。
狢森という苗字は珍しいので、覚えていた。もっと平凡な名前だったら、思い出せなかったかもしれない。
「久しぶり」
狢森の声は、昔とほぼ変わっていなかった。
彼は懐かしさで咳き込みそうになるのを抑える。
「卒業以来だな」
「うん。ところでいきなりだが、山村ってやつ、覚えてるか?」
「山村?」
「ほら、イラスト描いてたやつ。卒業後、イラストレーターとして、そこそこ有名になった。まあ、有名といっても特定の世代でだけなんだけどな。若者向けの漫画や小説の表紙なんかを描いて、神絵師と呼ばれてた」
若者向けなら、彼が知るはずもない。
それに山村自身に関しても、あまり記憶がなかった。
同級生だったら大学内ではよく話したかもしれないが、一緒にどこかへ出かけたり、お互いの家を訪ねたりというほどの仲ではなかったはずだ。
「で、その山村が?」
「死んだんだ。もう葬式は家族葬でとうに終わったらしいんだけど、近くに住んでる同級生たち何人かだけでも、弔問に行こうって話が出てる。行くだろ?」
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