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「席どこだっけ」
岡田くんが隣に並んでわたしの手元のチケットを覗き込む。ぎゃー近い!
「そういや勝手に席決めたけど、よかった?」
「う、うん。どこでも大丈夫」
後ろの真ん中らへんの席まで移動して、岡田くんの隣に腰掛ける。会社では右隣にいる彼が今は左隣に座っていて、今度は右手の甲をつねれば、今日はこれでわたしの右側と左側に対する意識の採算が取れるな、と思った。
ドリンクホルダーに置かれたポップコーンに手を伸ばす。すると岡田くんも手を伸ばしてきて、触れ合ってしまった。
「あ、ごめ……」
引っ込めると、岡田くんは一粒手に取って、わたしの口元へ差し出してきた。
「はい。あーん」
わたしはどうして今まで恥ずかしげもなく『あーん』が出来たのだろう。何とも思ってなかったからにすぎないのだろうけど、思い返せば恥さらしの行為ではないか。
そういえば今までの『あーん』は全部岡田くん発信な気がする。最初は麻里子さんの前で、次は風邪を引いた岡田くんの家で、その次はhitotose近くの公園で。彼が食べ物を差し出してくるか、口を開けて待っているか。全部恥ずかしげもなくやってのけていた。それはなぜか。
……わたしのことを何とも思ってないからだろう。無表情で無愛想なのもきっと相手がわたしだからだ。もしもわたしじゃなくて優子だったら、岡田くんはきっともっとためらうんだろうな。
初めから叶わない恋って、結構きついな。
小さく開けた口に入れられたキャラメル味のポップコーンは、少しだけ苦かった。
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