新居

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 ・階段・  最近は怪奇現象が起きても動じなくなった。  子供の頃から、数多の怪奇現象に遭遇してきたのだから、それも当然だと思う。  しかし、決して慣れるのが早いタイプではないので、二十歳を過ぎる頃までは、幽霊が恐ろしくてしょうがなかった。  記憶に残る最初の怪奇体験は、私が幼稚園に入る前だから、四~五歳の頃だと思う。  その夏、S市のある片田舎に、父が新居を建てた。  新しい我が家に、新しい生活。家族の誰もが喜びに満ち溢れていた。  しかし異変は直ぐに始まった。  その日、夜中に私は二階の子供部屋で、ウトウトしていた。  まだ新居に慣れないせいか、それとも蒸し暑い夜のせいか、なかなか寝付けずにいた。部屋の片隅では、安物の扇風機がカタカタと微かな音を立てている。 その扇風機の音に耳を済ましていると、カタカタに混じってギシリと何かが軋む音が聴こえた気がした。  気のせいかと思ったが、その軋む音は、間隔をゆっくり取って断続的に聴こえる。  その時私は、祖父か祖母が、階段を登って二階に上がって来る音だと思った。新居では、祖父と祖母が一階に、父母と私が二階に部屋をあてがっていた。  しかし足音らしき音は、階段を登り切ると、そのまま鳴らなくなった。  私は暫く耳を済ましていたが、その内に眠りに落ちてしまった。  だが翌晩もその足音は聴こえた。  昨晩と然程変わりない足音だったが、階段を登る速度が、やや早くなっていた。  その翌晩も足音は聴こえた。  やはり登る足音の間隔が狭くなっている。  翌朝、その不可解な足音について母に相談すると、その夜は、子供部屋で母が6添い寝してくれた。 しかし夜半になると、奴はやはり現れた。  ギシリ…ギシリ…と昨日よりも速度を上げて登って来る。 それを母に訴えると、母は、あれは御先祖様の足音だよ、と私を宥めた。  そして、何時もの通り、足音は階段を登り切った所で消えたが、翌日からはその奇妙な現象は起きなくなった。  母に訊くと、やはり御先祖様の足音だと応えたが、それが得体の知れない物に怯える子供を宥めつける嘘である事は、幼い私にも判った。    そして次の異変も直ぐに起きた。  ・白い手・  足音がしなくなった翌晩の事だ。  ダイニングで家族揃って夕食を採っている際に、何気なく席を離れて一階から階段を見上げると、階段の一番上に、右腕の無い、マネキンの様な妙にギクシャクした動きの、知らない女が立っていた。  女は失われていない左の掌をヒラヒラと舞う様にして手招きしている。  私は慌ててダイニングに戻ると、家族にそれを伝えた。すると家族は皆一様に陰鬱な表情になり、黙り込んでしまった。    そこで夢から覚めた。    朝になり、その夢の話を家族にした覚えがあるが、その際の家族の反応がどうであったかは覚えていない。  しかし翌朝、思いもよらず父から怒られて、昨夜の遅くに怪異があった事を知った。   父が言うには、私がマジックハンドと呼ばれる人間の腕を模した蛍光色の玩具を使って、夜中に祖母を驚かしたと云うのだ。  寝耳に水だった。そんな悪戯をした覚えは無い。  父から不条理なお叱りを受けた後、事の真相を知ろうと、祖母と母を問い詰めた所、二人は嫌がりつつも話してくれた。   昨夜の明け方、祖母がトイレに行ったついでに、明かりの無い真っ暗なダイニングを見やると、テーブルの上に、真っ白な掌が宙に浮いて手招きしていたと言う。  それを父は、私の悪戯だと思い込んでいたのだ。  その翌日の夕方、私が一日中虫取りに興じて帰宅すると、祖母が右腕に包帯を巻いていた。 何があったのかと訊いてみたが、祖母は答えてくれなかった。  しかし、この家での怪異はまだまだ続く。    ・パジャマ・    ある日隣に住むエリちゃんと、我が家の二階から表を眺めていると、門柱の前に知らない男性が佇んでいた。  真っ昼間なのに男性はパジャマを着ていて、青白い顔で、自宅の前を行き交う下校途中の小学生達を眺めている。  そして何故か、その男性はピクリとも動かない。  私とエリちゃんは、その身動き一つしない不可解な男性が何者なのか確かめようと、一階に降りて表に飛び出した。しかし門を出ると、道路には帰宅する小学生達が居るだけで、男性の姿は無い。  仕方がなく二人でまた二階に戻ると、窓の外の風景に、またあの男性が見える。  私は、エリちゃんをつれて再び外に駆け出したが、やはり男性の姿は無い。  頭の悪い児童であった私は、それを四~五回繰り返した。  数回表に飛び出して、男性の姿を確認出来なかった私は、業を煮やして、 「どこに隠れてんだ!出で来い!」  とわめき散らした。  するとパジャマの男性が、何もないアスファルトの上から、パッと突然目の前に現れて、こちらに向かって来た。  私とエリちゃんは、悲鳴を上げて我が家に逃げ込んだ。  その後の事は良く覚えていない。  ・NHK・  我が家を訪れた怪人は他にも沢山居た。  ある日、二階の自室で独りで遊んでいると、ごめんくださいと声がする。誰か訪問したのだと思い、階段を降りて玄関に向かうと、玄関の中にスーツ姿の男性が居た。  訊くとNHKの方だと云う。  まだ幼かった自分では話しが解らないので、一旦玄関を離れ母を呼びに行き、再び戻ると、男性の姿は無かった。  玄関には鍵が掛かっていた。  ・蜘蛛・  小学生になって直ぐの事だ。夕方に庭に出てみると、門柱の陰に同級生の少年が居た。門柱の陰から、こちらを覗き見ている。  私が声を掛けると、蜘蛛を捕りに来た、と言う。  暫く一緒に、我が家の横の空き地で蜘蛛を捕って遊んだ。  少年は蜘蛛を捕るのが私よりも上手で、彼が大振りの蜘蛛を捕獲してポケットに入れる度に、私は感心するのと同時に彼の蜘蛛捕りの才能を妬んだ。  翌日、学校の教師から、その少年が昨日事故で死んだ事を聞かされた。  朝早くに虫取りに出掛けるため、家から飛び出した所を車に撥ねられたのだと云う。    ・偽者・  ある日、頭の悪い児童であった私は、母を驚かして楽しむ一計を思いついた。  父母の寝室の明かりを消してカーテンを閉め真っ暗にした上で、一階に居る母を呼んで、自分は物陰に隠れる。  そして母が入室して来たら、物陰から飛び出して驚かす。  そんなたわいもない悪戯を思い付いた。  計画通りに明かりを消して、一階に居る母に声を掛けた。  物陰に潜んで暫くすると、寝室のドアが開いた音がした。   足音が近付いて来る。  私は、チャンスを見計らって、わっ、と大声を出して母に飛び付いた。  母の腰に抱き付いて、お母さんっ、と声を掛ける。  すると、何で私があんたのお母さんなの?と知らない声で返事があった。  母だと思っていた物を見上げると、自分が知らない女に抱き付いているのに気付いた。  私が気付いたのを知ると、女は甲高い声で笑った。  私は、慌てて寝室から飛び出して逃げた。  女が何者だったのかは判らない。  暫くして、もうこの家には住めなくなり、県内の別のN市に引っ越しした。  当然、この家は、中古物件として売りに出された。しかし買い手から『あんな家だとは知らなかった』とお怒りのクレームがあり、値段を値下げする結果になってしまった。 後で知ったのだが、この家は、不動明王の社があったのを、取り壊した跡地に建てられたのだと、人伝に聞いた。    ・糞まみれ・  同じく小学生の頃に、親戚の家で起きた怪異だ。  ど田舎にある親戚の家は、その頃まだ、トイレが水洗式ではなかった。  ある日、そのトイレでぞうさんを出して用を済ましていると、突然背後から背中を押されて、便器の中に真っ逆様に転落した。  当然、糞まみれになった。  何が起きたのかも判らず、暗い便器の底で脅えながら、母と叔父の名を叫んだ。  すぐに二人が駆けつけたが、トイレの鍵が掛かっていて、中に入る事が出来ない。  しかたがなく叔父が鍵を壊して中に入るも、私の姿は何処にも見えない。だが声だけは聴こえる。  甥っ子は便器の中に落ちたのだと気付いた叔父は、ゴルフのクラブを便器の中に垂らして、私はそれに掴まり、何とか糞尿地獄から救出された。  鍵の掛かった、私一人しか居ないトイレにおいて、誰が背中を押したのかは、未だに不明だ。   ・鬼の記憶・  嘗て不動明王の社の跡地に建てられた、あの新居があったS市。その土地に私が舞い戻ったのは五年前の事だ。  この町では、あの新居以外でも数々の怪異に遭遇したが、舞い戻って直ぐに勤め始めた職場で、小学生の頃に遭遇した、ある恐怖を思い出した。  職場の隣には、T教団の宗教施設が昔からある。  その施設の外観は、私が小学生だった頃から変わっていない。  ある深夜勤の明け方、職場の駐車場で喫煙していると、隣の施設から何か儀式でも行っているのか、太鼓の音色が聴こえて来た。  ああ、やっぱり中田君の言っていた通りだ。ここでは早朝に太鼓の音が聴こえるのだ。    小学生の頃、ある朝登校すると、同級生だった中田君が、こんな話しをした。  中田君の自宅は、T教団の施設と道路を挟んで真向かいにあった。  その日の早朝、中田君がトイレで用をたしていると、トイレの窓から見える宗教施設から太鼓の音が響いて来る。何をやっているのだろう、と好奇心に駆られた中田君は、そのまま玄関を出ると施設に向かった。  当時、施設の隣には、まだ私が勤める職場の建物は無く、だだっ広い田甫だった。  中田君は田甫に面した施設の小窓から、中を覗き込んだ。   何があったの?  教室の片隅で青い顔をする中田君に訊くと、彼は双眸に恐怖を湛えながら、それでいて自分の発見を発表するのが嬉しいのか、自慢気に応えた。  鬼が居た。  鬼?  そうだよ、あそこには鬼が居る。  その日の夕方、好奇心に負けた私は、中田君の案内で早速鬼を見に行った。  陽も沈みかけた黄昏時。辺りには赤蜻蛉の群れが忙しなく空を舞っていた。  私と中田君は、田甫の畦道を通り、宗教施設に近付くと、小窓から中を覗き込んだ。  中田君が言っていた太鼓の音は聴こえなかった。  施設の中は小学校の体育館の様に、板張りの床に高い天井の広間となっている。  そこに二人の鬼が居た。  角こそ生えていなかったが、その灰色の顔は中世の図画にある鬼の様に、筋肉が隆起してゴツゴツとした異形の姿をしていた。しかし着る物は、黒のスーツやワンピースと、人間と変わりない格好をしている。  二人の鬼は、互いに何かするでもなく、ただボーっと虚空を見詰めて突っ立っている。  私達は、暫く興奮気味に、その二人の鬼を眺めていた。  するとスーツ姿の鬼が、こちらに気付いた。  逃げろ!  中田君に言われて、私はその場を急いで離れた。  中田君は道路を挟んだ自分の家に、私は隣の町内の自宅に向かって走った。  田甫の中から振り返ると、施設から出て来た鬼が、中田君を追い掛けて行くのが見えた。    帰宅した私は、恐ろしさのあまり、その夜は中々寝付けなかった。   中田君は、あの後どうなったのだろうか。明日、無事に学校に来るだろうか。そればかりが気になった。  翌朝、登校すると、校門で中田君と鉢合わせた。  私の心配をよそに何事も無かった様な素振りの彼に、昨日の話をすると、何の事だか判らないと返答された。  判らない筈は無い、あの後、鬼から何かされなかったのか、と追求すると、彼は不快を露わにして逃げて行った。  私が朧気に覚えているのは、そこまでだ。  その後直ぐに、新居の怪異の多さに堪えかねてN市に引っ越した。    中田君に何があったのかは判らない。  本人に問い質そうにも、宗教施設の向かいには大きなマンションが建っているだけで、今はもう彼が住んでいた借家は無い。連絡を取ろうにも、彼の行方は判らない。    あれは全部、子供の頃の妄想だったのではないか。早朝の宗教施設から聴こえる太鼓の音を聴きながら、ふとそう思ってみた。  だが、それでは疑問が残る。  中田君の話しには、早朝、太鼓の音が聴こえて、それに誘われる様に玄関を出たとの件があった。しかし私がこの太鼓の音を初めて耳にしたのは、この職場に勤め始めてからの事だ。あの一連の記憶が子供の頃の妄想ならば、早朝に響く太鼓の音について、この職場に勤める以前から知っていた筈がない。知っていたのは、中田君がそう言っていたからだ。  ならば記憶にある、太鼓に誘われ鬼を目撃したと語った中田君の姿は、間違いではないのだと思う。  そして、その記憶から繋がる、私も見た黄昏時の鬼の姿も。                           
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