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「ねぇ、覚えてる? 昨日のこと」 「あー覚えてないな、1ミリも。あれだけ飲んでたんだし覚えてなくて当たり前」  俺はコーヒーに口をつけた。大学構内に設置されたカフェにしては、なかなか美味いコーヒーで入学してから何度も通っていた。そよ風が心地良い昼下がり、木漏れ日が降り注ぐテラス席。正面には恋人の和沙(かずさ)。  なんていい日なのだろう。二日酔いの頭痛さえなければ。俺はこめかみに手を当てる。さすがに昨日は飲みすぎた……。今日の講義が一コマだけだったのが救いだ。 「そっかぁー、残念だな。じゃあ、本当に覚えてないんだね」  和沙は顎に両手を当てて、100点の笑顔をつくった。上目遣いの瞳があざとい。眩すぎる眼差しを直視できなくて、俺は手つかずのガトーショコラに目を落とした。ガトーショコラをスプーンで丁寧に切り分ける。 「本当に本当に残念だなぁ…………明音(あかね)が俺に初めてキスしてくれたのに、覚えてないなんて。ぴえんこえて、マジぱおんだわー」  俺の手からスプーンが滑り落ちた。カランカランと金属と机がぶつかる音が鳴り響く。同時にガトーショコラの一口目も散乱してしまった。 「今、なんて…………」 「だーかーらー、明音にキスされたーって────」 「シッ! 声が大きい!」  俺は慌てて和沙の口を押さえた。和沙は面を食らったように驚いて手足をバタつかせる。 「別にいいじゃんか。付き合ってんのは恥ずかしいことじゃないんだし」 「そう……そうだけど。まだ慣れてないというか……その、和沙が一応、俺の初めての恋人だし…………付き合い始めて1ヶ月も経ってないし……」  自分で言ってて恥ずかしくなってきた。顔が熱くなっているのを感じる。もちろん目を合わせてこんなことは言えないので、俺は適当に目を泳がせる。 「そんなことよりっ! さっきの話だ。その和沙と俺がキ、キ、キ…………」  その言葉の先が上手く言えない。和沙はおかしそうに笑った。 「マジで明音は初心(うぶ)だねぇー。見ててこっちが恥ずかしくなるよ。そこが好きなんだけどさ」 「うっ……お前、平気でそういうことを────」 「ダメ?」  とどめの一撃。心肺停止状態の身体を何とか自力で蘇生し正気を保つ。 「……ダメ、じゃないけど心臓に悪い…………」 「そっかぁーじゃあ、もっと言うようにするね」 「殺す気かよ」
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