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「大丈夫? 顔、真っ青だよ。ゾンビみたい」  冷や汗が止まらなかった。全身が凍りついている気がする。和沙に対して申し訳ない気持ちでいっぱいだった。だってキスしたのに覚えてないとか、最低だろ。 「ごめん、和沙……俺、この身を持って償うから許して……」  俺は鞄からカッターを取り出す。 「うわっ! 何やってんの!? 早まるなよ! 切腹とかあんたは何時代の人だっ!」  腹に当てようとしていたカッターが取り上げられる。俺はただただ項垂れるしかなかった。 「本当にごめん……」 「そんなに気に病むことじゃないって。キスなんて、これからいくらでもすればいいでしょ?」  和沙の人差し指が唇に触れる。火傷をしたみたいに熱を帯びたのも束の間、素肌は再び凍てついた。  そうじゃないんだよ、和沙。和沙は今までに何回もキスしてきているかもしれないけれど、俺にとっては違うんだよ。  全部、和沙が初めてだから。覚えていないなんて死ぬほど嫌なんだ。  俺の気持ちなどつゆ知らず、和沙はあっけらかんとした口調で話しだした。 「あーそうだ、そうだ。言いそびれてたんだけど、この話には続きがあって──」 「続き? 何? 俺、まだ何かやらかしたの?」 「えー? 一緒にだけだよ? それ以外は何もないって」  和沙はいつものように笑っていたから、俺は最初その言葉の重大さを捉えることができなかった。  『寝た』。つまり、つまりは……俺と和沙は昨夜のうちに。  あぁ、そうか。今日が俺の命日だったのか。隕石が地球に降り注いで全てを木っ端微塵に砕いていく。俺のこの身も最後は肉片と成り果てて──── 「だーかーらー! 早まるなってば。さっきから何なのさっ! しっかりしてよ、明音」  首に巻き付けたネクタイが華麗に抜き取られる。こんな状況だっていうのに、なんだか和沙は楽しそうだった。俺は自嘲気味に笑う。 「俺って最悪最低だ。そんなことが昨日あったのに覚えてないなんてさ。情けない……」  一生忘れることのできない『初めて』が知らぬ間に通り過ぎていたなんて。しかも、和沙は覚えていて俺は覚えてないとか、フェアじゃない。  こんな思いするなら酒なんて飲まなければよかった。両手で顔を覆う。よくわかんないけれど、何故か涙が滲んだ。 「俺、酒飲むのやめるわ…………元々、酒癖よくないし和沙に迷惑かけたくない……」 「くっ……フフッ」 「?」
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