メロンソーダが弾けた

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 砂浜に、波が近づいては、離れていく。セミの鳴き声は少し遠くなり、代わりにカモメの鳴き声が近くなった。塩分を含んだ風は肌に絡みつき、鼻を通って、舌にしょっぱさを乗せてくる。  昨日の出来事から、灯はほとんど喋らなくなってしまった。明日、東京に彼女が帰る前に、なんとかしたい。そのための準備は、昨日の内に終わらせたし、僕なんかよりずっと強い彼女なら、きっと立ち直れるだろう。 「ごめんね、落ち込んでて」 「大丈夫です。あなたを信じていますから」  隣で柔く笑った灯は、僕の言葉に目を見開き、さっきよりも明るい笑顔になった。だがその笑顔も、僕の後ろにある山に視線が行くと、かげってしまう。あの山には、昨日言った幸大の墓があるのだ。 「灯さん、船が見えますよ」  左隣にいる灯の視線を逆にするため、彼女の左に広がる海を指さした。沖の方に、小さく白い船が浮かび、大きな雲がその周りを漂っている。散らばった日光の欠片が眩しかった。 「どこに行くの?」 「結び岩っていう、大きな岩です。登ることもできるんですよ」  指を指した先には、岸から橋で繋がった、大きな岩がある。岩ではあるが、人が登れるし、頂上には灯台が建っているので、かなり大きい。朱色の欄干が鮮やかな橋を渡ると、ちらほら観光客がいたが、二人で静かに登れそうだ。 「ごめんなさい。動きやすい靴の方がいいと、言えば良かったですね」 「大丈夫だと思うけど、ちょっと手を貸してほしいかな」  登るための道はあるが、でこぼこしていて、サンダルの灯には辛いだろう。差し出された手を握ると、汗ばんだ肌が、僕の指に吸い付き、手のひらに爪が少し食い込んだ。彼女とはそろそろ会えなくなってしまうし、ほんの少しの触れ合いでも嬉しい。  この岩には、ある神様が祀られていて、その祠と鳥居が、岩を少し登った目の前にある。そこで灯と並んで、手を合わせた。神様がいるかどうかは分からないが、もしいるとしたら、灯の願いを叶えた後に、僕の願いを叶えてほしい。 「まだ上も登れるの?」  頷くと、灯は僕の手を取って、歩きだした。膝丈の鎖が作る道に沿って、岩肌を登る。草が周りに生えていて、潮風の中に微かな青臭さがあった。松の木もあるので、その匂いも混ざっているのだろうか。
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